医療保険
医療保険は必要か?高額療養費制度から考える加入・不要の判断基準を解説

医療保険への加入を検討する際、まず確認すべきは公的医療保険制度の保障内容です。日本では国民皆保険のもと、高額療養費制度により、年収約370万〜約770万円の区分では医療費100万円の治療を受けた場合の自己負担が約9.3万円に抑えられます。
さらに2026年8月から年単位の上限額(年間上限)が導入され、同区分では年間53万円を超える自己負担が発生しない仕組みになりました。会社員であれば傷病手当金として給与の約3分の2が最長1年6か月支給されるため、公的保障だけで医療費をまかなえるケースも珍しくないのが実情です。
金融庁は2021年12月の監督指針改正で、保険募集時に公的保険制度の情報提供を行うことを着眼点として明確化しました。この記事では、公的保障の具体的な内容を確認したうえで、医療保険が必要なケースと不要なケースの判断基準を解説します。
高額療養費制度の仕組みと実際の自己負担額

高額療養費制度は、同一月(1日〜月末)の医療費の自己負担額が一定の上限を超えた場合に、超えた分が払い戻される仕組みです。
上限額は年齢と所得によって区分されており、70歳未満で年収約370万〜約770万円の場合、1か月の自己負担上限は「85,800円+(医療費−286,000円)×1%」で計算されます。医療費が100万円かかった月であれば、自己負担は約92,940円となります。
ただし、入院時の食事代(標準負担額)や差額ベッド代は高額療養費の対象外です。これらは上限額とは別に自己負担が生じます。
所得区分別の自己負担上限
年収が約370万円未満の場合は月61,500円、住民税非課税世帯では月36,900円が上限になります。
一方、年収約770万〜約1,160万円の区分では「179,100円+(医療費−597,000円)×1%」となるため、所得が高いほど上限額も上がる点には注意が必要です。
なお、2027年8月からは所得区分が5区分から13区分に細分化される予定で、年収約650万〜約770万円の層では上限が110,400円+1%に引き上げられます。
一方、同じ2027年8月から標準報酬月額15万円以下の方は多数回該当の金額が引き下げられ、低所得層への配慮も同時に行われます。
多数回該当と世帯合算
直近12か月間に3回以上高額療養費の支給を受けた場合、4回目以降は「多数回該当」としてさらに上限が下がります。年収約370万〜約770万円の区分では月44,400円で、この多数回該当の金額は2026年8月の改正でも据え置かれました。長期の治療を受ける人の負担を増やさないための配慮として設けられた措置です。
また、同じ健康保険に加入する家族の自己負担を合算できる「世帯合算」の仕組みもあります。ただし70歳未満の場合、合算の対象になるのは1件あたり21,000円以上の自己負担に限られる点には注意が必要です。
年単位の上限額「年間上限」
2026年8月の制度改正により、月単位の上限に加えて年単位の上限額が導入されました。年収約370万〜約770万円の区分では年間53万円が上限となり、8月から翌年7月までの自己負担がこの金額に達した後は、それ以上の負担が不要になります。
毎月の医療費が月額上限に届かず多数回該当の対象にならないケースでも、年間を通じて負担が重くなる人を守る仕組みです。住民税非課税世帯の年間上限は29万円、年収約770万〜約1,160万円の区分では111万円に設定されています。
また、標準報酬月額15万円以下と確認できた方には、より低い年間上限41万円が適用され、超過分は2027年8月以降に払い戻されます。
出典:厚生労働省「高額療養費制度の見直しについて(令和8年8月診療分から)」
健康保険組合の「付加給付」で自己負担がさらに下がるケース

大企業の健康保険組合(組合健保)では、法定の高額療養費に加えて独自の「付加給付」を設けている場合があります。付加給付がある組合では、法定の上限を下回る金額で自己負担が頭打ちになるため、この場合は医療保険の必要性がさらに低くなります。
勤務先の健康保険証や組合のホームページで、付加給付の有無と自己負担限度額を事前に確認しておくことが重要です。公務員が加入する共済組合でも、法定給付を補う「付加給付」として一部負担金払戻金などを定款で定めている場合があります。
一方、協会けんぽ(全国健康保険協会)や市町村の国民健康保険には付加給付がありません。加入している保険者によって自己負担の水準が変わる点は押さえておきたいところです。
傷病手当金でカバーされる収入減少の範囲

医療保険の検討では「入院中の収入減少」が不安材料として挙げられることがありますが、会社員や公務員には傷病手当金の制度が用意されています。
傷病手当金の支給額と支給期間
傷病手当金は、支給開始日以前の継続した12か月間の標準報酬月額の平均を30で割った額の3分の2が、最長1年6か月にわたって支給されます。連続3日間の待期期間を経て4日目から支給が始まり、2022年1月からは支給期間の通算化により、復職と休職を繰り返した場合でも合計1年6か月分を受け取れるようになりました。
国民健康保険には傷病手当金がない
一方、自営業者やフリーランスが加入する国民健康保険には、原則として傷病手当金の制度がありません。国民健康保険の法定給付に傷病手当金は含まれず、支給するかどうかは保険者ごとに条例や規約で定める任意給付とされているためです。
収入が途絶えるリスクに対する公的保障が手薄なため、自営業者にとっては医療保険や就業不能保険の重要度が会社員よりも高くなる傾向にあるでしょう。
先進医療の実態と「高額な治療費」のリスク

医療保険の加入理由として「先進医療への備え」がよく挙げられますが、実態を確認しておくことが判断の出発点になります。
先進医療を受ける患者数と費用の実態
厚生労働省の実績報告によると、令和6年度(令和5年7月〜令和6年6月)の先進医療の全患者数は177,269人、先進医療費用の総額は約119.5億円でした。ただし、この患者数の大部分はタイムラプス撮像法による受精卵・胚培養(年間89,316件)など、不妊治療に関連する技術が占めています。
がん治療で知られる陽子線治療は年間827件、重粒子線治療は年間442件にとどまります。両者を合わせても年間1,300件に届かず、先進医療のなかでも実施件数はごく限られた水準です。
出典:厚生労働省「先進医療の実績報告について(令和6年度実績報告)」
先進医療特約のコストと費用対効果
医療保険には先進医療特約を付加できる商品が多く、保険料は本体部分と比べて低額に設定されています。ただし、先進医療を受ける可能性の低さを考えると、「保険料が安いから付けておく」という判断と「先進医療のために医療保険に加入する」という判断は分けて考える必要があります。
先進医療特約だけが目的であれば、医療保険本体の保険料を含めた総コストで判断すべきでしょう。
差額ベッド代は医療保険で備えるべきか
差額ベッド代(特別療養環境室料)は高額療養費の対象外であり、全額自己負担となるため不安に感じる方もいるかもしれません。しかし、実態を把握しておけば冷静な判断が可能です。
差額ベッド代の相場と「払わなくてよい」ケース

中央社会保険医療協議会の報告資料(令和6年8月1日現在)によると、差額ベッド代の1人室〜4人室全体の平均は1日あたり6,862円です。ただし、この平均値は1人室(1日8,625円)に引き上げられており、2人室は3,149円、3人室は2,778円、4人室は2,780円と、相部屋に近いほど負担は軽くなります。
また、患者側の希望によらず病院都合や治療上の必要で特別療養環境室に入った場合、差額ベッド代を請求できないと厚生労働省の通知で定められています。病状が重篤で常時監視を要する場合や、免疫力が低下し感染症に罹患するおそれがある場合などがその例です。
差額ベッド代のかからない病床が満床だったために特別療養環境室に入院させた場合も、通知が明示する請求できないケースにあたります。室料を記載した同意書に署名していない場合も同様に対象外です。
出典:厚生労働省 中央社会保険医療協議会「主な選定療養に係る報告状況」(令和7年7月23日)
入院日数の短期化傾向
厚生労働省「令和5年患者調査」によると、病院の平均在院日数は29.3日ですが、退院患者の68.4%は14日以内に退院しています。入院が短期化する中で、差額ベッド代の総額は「1日6,862円×14日=約9.6万円」程度にとどまるケースが多く、貯蓄で十分に対応できる金額といえます。
医療保険の保険料累計と「貯蓄で備える」選択肢の比較

医療保険の要否を判断するうえで、保険料の累計額を把握しておくことは欠かせません。
保険料の累計額をシミュレーションする
仮に月額3,000円の医療保険に30歳から65歳まで35年間加入した場合、保険料の累計は約126万円になります。この金額で入院日額5,000円の保障を得ていたとすると、元を取るためには252日の入院が必要です。平均在院日数が短期化している現状では、保険料累計を回収できる可能性は高くないでしょう。
「支払った保険料を貯蓄に回していたら」の視点
同じ月額3,000円を投資信託で年利3%の運用に回した場合、35年後の元利合計は約220万円(税引前)です。ただし運用成果は市場環境によって変動し、元本を下回る可能性もあります。
医療費の自己負担に備える手段として、「保険」と「貯蓄・運用」のどちらが合理的かは、公的保障のカバー範囲と手元資金の状況によって異なります。高額療養費と傷病手当金で医療費と収入減少の大部分がカバーされるなら、保険料を資産形成に振り向ける方が合理的なケースも多いでしょう。
医療保険が「不要」と判断できるケースの具体例

以下の条件が重なる場合、医療保険の優先度は低いと判断できます。
・会社員・公務員で傷病手当金を受けられる
・年収約770万円以下で、高額療養費の年間上限が53万円以下に収まる
・健康保険組合や共済組合の付加給付があれば、自己負担はさらに軽くなる
・貯蓄が100万〜200万円以上あり、急な入院費用を自己資金で対応できる
このような条件に当てはまる場合、高額療養費+傷病手当金+貯蓄の組み合わせで、入院・手術時の経済的リスクは十分にカバーできます。医療保険の保険料を、NISA等を活用した資産形成に充てることで、将来の幅広いリスクに備える方が効率的な場合もあるでしょう。
医療保険が「必要」と判断できるケースの具体例

一方で、以下のいずれかに該当する場合は医療保険を検討する価値があります。
自営業者・フリーランス
国民健康保険には傷病手当金がなく、入院中は収入が途絶えるリスクがあります。高額療養費で医療費の上限は抑えられるものの、生活費を含めた収入の補填手段として、医療保険や就業不能保険の検討が優先されます。
貯蓄が十分でない若年層
社会人になって間もない時期は、まだ十分な貯蓄を確保できていないケースが多いでしょう。急な入院費用や差額ベッド代に対応するための「つなぎ」として、掛け捨て型の医療保険を短期間利用する選択肢は合理的です。貯蓄が一定額に達した時点で解約を検討するのも一つの方法でしょう。
家族の介護や育児で長期離職中の場合
傷病手当金は健康保険の被保険者本人が対象のため、離職して配偶者の扶養に入っている場合は受給できません。世帯の収入源が限られている状況では、医療保険の保障が家計の安全網として機能する場合があります。
判断のための3ステップ

医療保険の要否を判断する際は、以下の手順で確認することをおすすめします。
ステップ1:公的保障の「自分の場合の金額」を確認する
高額療養費の自己負担上限は所得区分によって異なります。自身の年収から該当する区分を確認し、多数回該当の金額と年間上限もあわせて把握しておくことが大切です。
会社員であれば傷病手当金の支給額(おおむね給与の3分の2)も計算しておくと、入院時の収支が具体的にイメージできるようになります。
ステップ2:勤務先の付加給付・福利厚生を確認する
健康保険組合の付加給付に加え、勤務先の見舞金制度や団体保険の有無も確認しておくと、より正確な判断が可能です。すでに手厚い福利厚生がある場合、民間の医療保険と保障が重複する可能性があります。
ステップ3:貯蓄残高と家計の余裕度から判断する
貯蓄が100万〜200万円以上あり、急な出費にも対応できる家計であれば、医療保険の優先度は下がります。逆に貯蓄が少ない場合や、自営業で傷病手当金がない場合は、保険でリスクを移転する合理性が高まるでしょう。重要なのは「保険に入るか入らないか」の二択ではなく、公的保障と貯蓄で足りない部分だけを民間保険で補うという考え方です。
まとめ:公的保障を正しく把握したうえで判断することが重要
日本の公的医療保険制度は、高額療養費・多数回該当・世帯合算・年間上限・傷病手当金など多層的な保障が用意されています。標準的な所得層であれば、医療費が高額になった月でも自己負担は10万円前後で頭打ちになり、年間でも53万円が上限になります。
生命保険文化センターの調査では、2人以上世帯の年間払込保険料は平均35.3万円です。そのうち医療保険分が本当に必要な保障かどうかは、公的保障の内容を把握したうえで判断すべきでしょう。
医療保険が不要なケースもあれば、自営業者や貯蓄が少ない時期のように加入の合理性が高いケースもあります。「みんなが入っているから」ではなく、自身の公的保障・勤務先の福利厚生・貯蓄状況の3つを確認したうえで、必要な保障だけを選ぶことが、家計を守る最も確実な方法といえるでしょう。
出典:金融庁「保険会社向けの総合的な監督指針等の一部改正について」
出典:生命保険文化センター「生命保険の保険料は年間どれくらい払っている?」(2024年度 生命保険に関する全国実態調査)
本記事は、CFP資格保有者であり、J-FLEC認定アドバイザーの金子賢司が執筆しています。当記事の執筆者「金子賢司」の情報は、CFP検索システムおよびJ-FLECアドバイザー検索システムにてご確認いただけます。北海道エリアを指定して検索いただくとスムーズです。



