公的年金制度
マクロ経済スライドとは?年金が「目減り」する仕組みと2026年度改定・令和7年改正への対応

「年金は将来もらえなくなるのではないか」という不安への答えは、「もらえなくなることはないが、実質的な価値は下がっていく」というものになります。その理由が、2004年の年金制度改正で導入されたマクロ経済スライドの存在にあります。
マクロ経済スライドは、物価や賃金の上昇率からスライド調整率を差し引いて年金額の伸びを抑える「自動調整装置」として機能している制度です。直近では2025年度に物価+2.7%に対し年金改定率は+1.9%、2026年度(令和8年度)は物価+3.2%に対し基礎年金1.9%・厚生年金2.0%の引き上げにとどまり、いずれも実質的な購買力は低下しました。本記事では、マクロ経済スライドの仕組み、2025・2026年度の発動実績、令和6年財政検証で示された将来見通し、令和7年改正法による報酬比例部分の調整継続、そして家計への影響と対策まで、厚生労働省・日本年金機構の公開情報に基づき解説します。
マクロ経済スライドの仕組み|物価が上がっても年金は同じだけ増えない

マクロ経済スライドは、賃金や物価の上昇率から「スライド調整率」を差し引いて年金額を改定する仕組みであり、現役世代の減少と平均余命の伸びを反映して給付水準を自動調整する制度です。導入された背景と具体的な計算方法を整理します。
「保険料に上限を設け、その範囲で給付を調整する」という発想
日本の公的年金は、現役世代が納めた保険料をその時点の高齢者への年金給付に充てる「賦課方式」を基本としています。少子高齢化が進むと保険料を納める側が減り、受け取る側が増えるため、何も手を打たなければ保険料を際限なく上げるか、給付を急に削るしかない構造です。
2004年の年金制度改正以前は、5年ごとの「財政再計算」で給付水準を固定したうえで保険料引上げ計画を見直していました。しかし、再計算のたびに将来の保険料負担の見通しが上昇し続けるという問題が生じていたのです。
そこで導入されたのがマクロ経済スライドでした。保険料水準に上限を設けたうえで、その固定された財源の範囲内で給付を自動調整する──この考え方が制度の根幹にあります。現役世代の負担が際限なく増えることを防ぎつつ、年金制度を持続させるための仕組みといえるでしょう。
出典:厚生労働省「年金制度の仕組みと考え方 第7 マクロ経済スライドによる給付水準調整期間」
スライド調整率の計算方法
年金額は通常、賃金や物価の変動に応じて毎年改定されます。マクロ経済スライドが適用される期間中は、この賃金・物価による年金額の伸びから「スライド調整率」を差し引いて改定額を決定する仕組みです。
スライド調整率は、以下の2つの要素から算出されます。
・公的年金全体の被保険者数の減少率(直近3年度平均の実績値)
・平均余命の伸びを勘案した一定率(▲0.3%)
2025年度の場合、被保険者数の減少率が▲0.1%、平均余命の伸び率が▲0.3%で、スライド調整率は合計▲0.4%でした。
2025年度・2026年度の年金額改定で実際に何が起きたか
マクロ経済スライドの影響を理解するには、直近2年度の改定実績を見るのが最も分かりやすいでしょう。
【2025年度(令和7年度)の年金額改定】
・物価変動率:+2.7%
・名目手取り賃金変動率:+2.3%
・スライド調整率:▲0.4%
・最終的な年金額の改定率:+1.9%
物価変動率が名目手取り賃金変動率を上回る場合は、現役世代の負担能力に合わせて賃金変動率を基準に改定するルールが法律上のしくみです。基準となるのは+2.3%の賃金変動率であり、ここからスライド調整率▲0.4%を差し引いた+1.9%が改定率となりました。老齢基礎年金(満額)は月額68,000円から69,308円(+1,308円)に増加しています。
【2026年度(令和8年度)の年金額改定】
・物価変動率:+3.2%
・名目手取り賃金変動率:+2.1%
・スライド調整率:基礎年金▲0.2%、厚生年金(報酬比例部分)▲0.1%
・改定率:基礎年金+1.9%、厚生年金(報酬比例部分)+2.0%
2026年度は基礎年金と厚生年金で改定率が異なる初めてのケースとなりました。これは後述する令和7年改正法による報酬比例部分のマクロ経済スライド継続措置が反映されたためです。老齢基礎年金(満額)は月額69,308円から70,608円(+1,300円)に増加します。
2025年度・2026年度ともに、物価上昇率が年金改定率を上回っており、名目額は増えても実質的な購買力は低下していることが分かるでしょう。
出典:厚生労働省「令和7年度の年金額改定についてお知らせします」、厚生労働省「令和8年度の年金額改定についてお知らせします」
マクロ経済スライドの発動条件|景気が悪いときは発動しない

マクロ経済スライドは常に発動されるわけではなく、賃金・物価がプラスのときにのみ適用される仕組みです。また、調整によって年金額が前年度を下回ることはない「名目下限措置」が設けられており、物価や賃金の変動状況によって扱いが異なる点を理解しておく必要があるでしょう。
発動される場合と発動されない場合
・賃金・物価の上昇率がスライド調整率より大きい場合:調整率を全て差し引いて改定。年金額は前年より増えるが、物価ほどは増えない
・賃金・物価の上昇率がスライド調整率より小さい場合:調整により年金額が前年度を下回らない範囲で調整し、残りは翌年度以降に繰り越す
・賃金・物価がマイナスの場合:マクロ経済スライドは発動されず、賃金・物価の下落分のみが反映される
「年金額が前年度より減らないようにする」という措置は「名目下限措置」と呼ばれています。ただしこれは、物価上昇に対して年金の価値が目減りすることを防ぐものではない点に注意が必要です。
マクロ経済スライドは2015年度に初めて発動され、その後2019年度、2020年度、2023年度、2024年度、2025年度、2026年度と計7回発動されました。近年は物価・賃金が上昇基調にあるため、毎年のように発動が続いています。
出典:厚生労働省「いっしょに検証!公的年金 第07話 給付と負担をバランスさせる仕組み」
キャリーオーバー制度|調整しきれなかった分は将来に繰り越される
2018年度から導入されたキャリーオーバー制度は、名目下限措置によって調整しきれなかった分を翌年度以降に繰り越し、賃金・物価が上昇した年度にまとめて調整する仕組みとして設けられました。
この制度が導入された背景には、将来世代の給付水準確保という課題があります。景気低迷期にマクロ経済スライドが発動されないと、本来行うべき調整が先送りされ、そのツケが将来世代に回ってしまうためです。
実際に、2021年度は0.1%、2022年度は0.2%のキャリーオーバーが発生し、この合計0.3%分は2023年度の年金改定時に追加で調整されました。キャリーオーバー制度がある以上、物価が上昇しても過去の未調整分が差し引かれるため、年金額の伸びが一層抑えられるケースがある点は理解しておく必要があるでしょう。
なお、キャリーオーバー分の調整であっても名目下限措置は維持されるため、繰り越し分の調整によって年金額が前年度を下回ることはありません。
出典:日本年金機構「マクロ経済スライドのキャリーオーバー制度とは何ですか。」
所得代替率はどこまで下がるのか|令和6年財政検証の読み方

厚生労働省は5年ごとに「財政検証」を実施し、おおむね100年間の年金財政の収支見通しを作成しています。2024年度の所得代替率は61.2%ですが、令和6年財政検証の「過去30年投影ケース」では調整終了後に50.4%まで低下する見通しが示されており、将来の年金水準を考えるうえで欠かせないデータです。
財政検証の4つのシナリオと所得代替率の見通し
所得代替率とは、年金を受け取り始める時点で、現役男性の平均手取り収入に対して年金額(夫婦2人の基礎年金+夫の厚生年金)がどの程度の割合かを示す指標で、2024年度は61.2%でした。
各シナリオにおける調整終了後の所得代替率は次のとおりです。
・高成長実現ケース:56.9%(2039年度に調整終了)
・成長型経済移行・継続ケース:57.6%(2037年度に調整終了)
・過去30年投影ケース:50.4%(2057年度に調整終了)
・1人当たりゼロ成長ケース:機械的に調整を続けると2059年度に国民年金の積立金が枯渇
現実の経済状況に近いとされる「過去30年投影ケース」で見ると、所得代替率は現在の61.2%から約50%まで低下する見通しになっています。同じ条件で働いた場合でも、将来の年金受給者は現在より実質的に低い水準の年金を受け取ることを意味するでしょう。
なお、法律上は所得代替率が50%を下回ると見込まれる場合、給付水準調整の終了やその他の措置を講じることが定められているため、年金制度そのものが破綻するわけではありません。
「基礎年金の目減り」がより深刻な理由
財政検証の結果をさらに詳しく見ると、厚生年金(報酬比例部分)と基礎年金では、マクロ経済スライドの調整期間に顕著な差があることが分かります。
過去30年投影ケースでは、令和6年財政検証時点で報酬比例部分のマクロ経済スライド調整は2026年度に終了する一方、基礎年金の調整は2057年度まで続く見通しでした。この差が意味するのは、基礎年金の給付水準の低下が報酬比例部分よりも深刻になるということです。
2024年度の所得代替率61.2%の内訳は、基礎年金部分が36.2%、報酬比例部分が25.0%でした。一方、過去30年投影ケースの調整終了後には基礎年金部分が25.5%、報酬比例部分が24.9%と見込まれており、基礎年金部分のほうがより多く削られる構造になっています。
自営業者やフリーランスなど国民年金のみに加入している方は厚生年金の上乗せがないため、この影響をより強く受けることになります。
令和7年改正法による「報酬比例部分の調整継続」
基礎年金と報酬比例部分の調整期間が大きく乖離する問題に対応するため、当初の令和7年(2025年)の年金制度改正案では「マクロ経済スライドの調整期間の一致」が柱の一つとして検討されていました。これは、両者の調整終了時期を2036年度に揃え、基礎年金の給付水準低下を抑えるとともに、厚生年金の積立金の一部を活用する仕組みです。
しかし、与党内での慎重論を受けて、この調整期間一致策は法案から削除されました。代わりに、2025年6月成立の年金制度改正法(令和7年改正法)の附則第3条で、報酬比例部分のマクロ経済スライドを次期財政検証(2029年予定)の翌年度まで継続し、その間の調整率を3分の1に軽減する措置が新たに導入された経緯です。
この改正により、2026年度の年金額改定では報酬比例部分にも▲0.1%のマクロ経済スライド調整が適用されました。さらに、衆議院での修正により附則第3条の2が追加され、次期財政検証で調整期間に「著しい差異」があり基礎年金の給付水準低下が見込まれる場合には、基礎年金と厚生年金の調整を同時に終了させるための法制上の措置を講じる規定も盛り込まれています。
マクロ経済スライドに対するよくある誤解

「年金はもらえなくなる」「今の高齢者だけが得をしている」というように、マクロ経済スライドをめぐっては、こうした誤解が広まりやすい傾向にあるのが実情です。制度に対する正確な理解がないまま過度に悲観したり、逆に楽観したりすることは、老後の資金計画にも影響しかねません。代表的な誤解と実際のところを整理していきましょう。
「年金制度は破綻する」のか
マクロ経済スライドは、保険料収入と給付のバランスを自動的に調整する仕組みです。財源の範囲内で給付を行う構造が整備されているため、年金制度が突然破綻するシナリオは想定されていません。ただし、「破綻しない」ことと「十分な金額がもらえる」ことは別の問題です。制度が維持される代わりに、給付水準が調整されていく──これがマクロ経済スライドの本質といえます。
「名目額が減らないなら問題ない」のか
名目下限措置があるため「年金額は下がらない」と思われがちですが、これは名目額の話です。物価が上昇しているのに年金額がそれに追いつかなければ、実質的な購買力は低下します。
2025年度を例にとると、物価は+2.7%上昇したものの年金改定率は+1.9%にとどまりました。2026年度も物価+3.2%に対し基礎年金は+1.9%という結果でした。「額面は増えたのに、生活は楽にならない」という状況が生じうるのは、このメカニズムによるものです。
「今の高齢者だけが得をしている」のか
マクロ経済スライドは現在の受給者にも適用されています。名目下限措置により急激な減額は避けられていますが、実質的な購買力の低下は現在の受給者も受けています。一方、将来世代は調整後の低い水準で年金を受け取り始めることになるため、世代間の不公平の問題は完全には解消されていないのも事実です。
マクロ経済スライド時代の老後資金計画|公的年金の「目減り分」をどう補うか

マクロ経済スライドにより公的年金の実質的な価値が徐々に低下していく以上、公的年金だけで老後の生活を賄うことを前提とした計画はリスクを伴います。ただし、これは年金が頼りにならないという意味ではありません。公的年金は老後の「基盤」として機能し続けるものの、その「基盤」の実質的な水準が下がる分を、何で補うかという視点が求められるでしょう。
繰下げ受給で年金額を増やすという選択肢
公的年金には、受給開始を65歳より遅らせる「繰下げ受給」の制度があります。繰下げた月数に応じて1か月あたり0.7%(年間8.4%)年金額が増額され、最大75歳まで繰り下げることが可能です。75歳まで繰り下げた場合の増額率は84%にもなります。
繰下げ受給はマクロ経済スライドによる給付水準の低下を自力でカバーする有効な手段の一つといえるでしょう。ただし、繰下げ期間中は年金を受け取れないため、その間の生活費を他の資金で賄う必要がある点と、長生きしなかった場合には受取総額が減る可能性がある点は考慮しておく必要があります。
iDeCo・NISAを活用した資産形成
公的年金の目減り分を補う手段として、税制優遇のある制度を活用した資産形成が有効でしょう。
iDeCo(個人型確定拠出年金)は、掛金が全額所得控除の対象となり、運用益も非課税、受取時にも税制優遇が受けられる制度です。現在の加入可能年齢は65歳未満ですが、令和7年改正法により70歳未満に引き上げられる予定であり、より長期の積立が可能になります。
NISA(少額投資非課税制度)は、2024年から非課税保有期間が無期限化され、つみたて投資枠(年間120万円)と成長投資枠(年間240万円)を合わせて最大1,800万円まで非課税で運用できるようになりました。iDeCoと異なり、資金の引出しに年齢制限がないため、老後以外のライフイベントにも対応しやすい点が特徴です。
「年金は債券的、自助努力は株式的」というバランスの考え方
公的年金は終身で受け取れる安定した収入源であり、資産運用でいえば「債券」に近い性質を持っています。マクロ経済スライドがある以上、この「債券」の実質利回りは物価上昇に負ける可能性が高い状況です。
そのため、iDeCoやNISAを通じて物価上昇に連動しやすい資産(国内外の株式インデックスファンドなど)を組み入れておくことが、年金の「目減り分」を補ううえで合理的な選択肢となりえます。
年金で最低限の生活費をカバーし、自助努力の資産でインフレに対応する──この役割分担を意識した老後資金計画が、マクロ経済スライド時代の基本的な考え方になるでしょう。
まずは「ねんきんネット」で受給見込み額の確認を
老後資金計画の出発点は、現時点で見込まれる年金額の把握です。日本年金機構の「ねんきんネット」では、加入記録に基づいた年金見込み額を確認できます。
確認の際は、表示される金額が「現時点の制度・物価水準」での見込みであることを念頭に置く必要があります。マクロ経済スライドによる調整はこの見込み額には反映されていないため、将来受け取る年金の実質的な価値はここから目減りする可能性があるという前提で計画を立てるのが妥当です。
まとめ|マクロ経済スライドは年金を守る仕組みであり、目減りさせる仕組みでもある
マクロ経済スライドは、少子高齢化が進む日本において年金制度を維持するために欠かせない仕組みといえます。この制度があるからこそ年金制度の破綻は避けられますが、その代わりに年金の給付水準は徐々に調整されていく点は理解しておきたいところです。
本記事のポイントを整理しておきましょう。
・マクロ経済スライドは、物価や賃金の上昇率からスライド調整率を差し引いて年金額を改定する仕組み
・2025年度は物価+2.7%に対し改定率+1.9%、2026年度は物価+3.2%に対し基礎年金+1.9%・厚生年金+2.0%で、いずれも実質購買力は低下
・名目下限措置により年金額が前年度を下回ることはないが、実質的な目減りは進行する
・キャリーオーバー制度により、過去に調整できなかった分が将来の年金改定に上乗せされて差し引かれる
・令和6年財政検証では、過去30年投影ケースで所得代替率が61.2%から50.4%に低下する見通し
・基礎年金部分のほうが調整期間が長く、自営業者やフリーランスへの影響がより大きい
・令和7年改正法により、報酬比例部分のマクロ経済スライドが次期財政検証の翌年度まで継続する措置が設けられた
年金制度の破綻は避けられるが、年金の実質的な目減りは避けられない──これがマクロ経済スライドの本質です。繰下げ受給、iDeCo、NISAなど利用できる制度を組み合わせて、年金の目減り分を補う準備を早い段階から始めておくことが、安心できる老後への第一歩になるでしょう。
本記事は、CFP資格保有者であり、J-FLEC認定アドバイザーの金子賢司による執筆です。当記事の執筆者「金子賢司」の情報は、CFP検索システムおよびJ-FLECアドバイザー検索システムでご確認いただけます。北海道エリアを指定して検索いただくとスムーズにお調べいただけるでしょう。



