公的年金制度
年金繰り上げ受給のデメリットと損益分岐点|60歳受給で後悔しないための判断基準

年金の繰り上げ受給は、60歳から年金を受け取れる代わりに、1か月あたり0.4%(最大24%)が生涯にわたって減額される制度です。65歳から年額200万円を受け取れる方が60歳で繰り上げた場合、年額は152万円に減り、年間48万円の差が一生続きます。60歳受給と65歳受給の累計額が逆転する損益分岐点は約81歳。厚生労働省の令和6年簡易生命表によると、65歳時点の平均余命は男性約19年(約84歳)、女性約24年(約89歳)であり、平均的な寿命を前提にすると65歳受給の方が有利になる計算です。
ただし、健康状態や貯蓄額、働き方によっては繰り上げが合理的な選択となるケースもあります。この記事では、繰り上げ受給の減額率と損益分岐点、見落としがちなデメリット(障害年金の請求権喪失など)、そして後悔しないための判断基準を解説します。
年金繰り上げ受給の仕組みと減額率

繰り上げ受給の制度概要と、減額率の計算方法を確認しましょう。一度請求すると取り消しができないため、仕組みを正確に理解しておくことが重要です。
60歳から65歳の間で1か月単位で受給開始を選べる
老齢基礎年金と老齢厚生年金は、60歳から65歳になるまでの間であれば、1か月単位で繰り上げて受け取ることが可能です。請求月の翌月分から年金の支給が始まります。
ただし、老齢基礎年金と老齢厚生年金のどちらか一方だけを繰り上げることはできません。両方を同時に繰り上げる必要があり、請求後の取り消しも認められていない点に注意が必要です。
1か月あたり0.4%、最大24%の減額
繰り上げ受給を選択した場合の減額率は以下の計算式で求められます。
減額率 = 0.4% × 繰り上げ請求月から65歳到達月の前月までの月数
この減額率は生涯変わることがありません。たとえば60歳0か月で請求した場合、0.4%×60か月=24%の減額が一生続きます。
受給開始年齢ごとの減額率は以下のとおりです(昭和37年4月2日以降生まれの方)。
・60歳0か月:減額率24.0%(0.4%×60か月)
・61歳0か月:減額率19.2%(0.4%×48か月)
・62歳0か月:減額率14.4%(0.4%×36か月)
・63歳0か月:減額率9.6%(0.4%×24か月)
・64歳0か月:減額率4.8%(0.4%×12か月)
なお、昭和37年4月1日以前生まれの方は、1か月あたりの減額率が0.5%(最大30%)となります。
60歳からの受給で年金額はいくら減るのか
65歳から年額200万円(月額約16万7,000円)を受け取れる方が60歳で繰り上げた場合、受給額は以下のようになります。
・65歳から受給:年額200万円
・60歳から繰り上げ受給:200万円×(100%-24%)=年額152万円(月額約12万7,000円)
年間48万円、月額で約4万円の差が生涯にわたって続くことになります。
損益分岐点は約81歳|繰り上げ受給は損か得か

繰り上げ受給が「損か得か」を判断するうえで重要なのが、累計受給額が65歳からの通常受給に追い抜かれる「損益分岐点」の年齢です。
60歳受給と65歳受給の累計額が逆転するのは約81歳
65歳から年額200万円を受給する場合と、60歳から年額152万円を受給する場合の累計額を比較すると、約81歳で逆転します。つまり、81歳より長生きした場合は65歳から受給した方が生涯の受給総額が多くなり、81歳より前に亡くなった場合は60歳から受給した方が多く受け取れる計算です。
平均余命から見た判断材料
厚生労働省の令和6年簡易生命表によると、65歳時点の平均余命は男性約19年(約84歳)、女性約24年(約89歳)となっています。平均的な寿命を前提にすると、男女ともに損益分岐点の約81歳を超えて生きる可能性が高く、65歳からの通常受給の方が有利になるケースが多いといえるでしょう。
ただし、平均余命はあくまで統計上の数値であり、個々の健康状態や家族の寿命傾向によって判断は異なります。「損か得か」だけでなく、60歳から65歳までの生活費をどう確保するかという視点も含めて検討する必要があるでしょう。
繰り上げ受給のメリット

繰り上げ受給にはデメリットが強調されがちですが、状況によっては合理的な選択となる場合もあります。
60歳から65歳までの「空白期間」を年金でカバーできる
60歳で退職した場合、65歳までの5年間は年金収入がない「空白期間」が生じます。繰り上げ受給を活用すれば、この期間の生活費を年金でまかなうことが可能です。貯蓄の取り崩しを抑えながら早期リタイアを実現したい方にとっては、検討に値する選択肢といえるでしょう。
健康上の理由で早めに受け取りたい場合
現在の健康状態から長寿を見込むことが難しいと考えられる場合は、早めに年金を受け取ることも選択肢のひとつです。年金は「長生きリスク」に備えるための制度ではありますが、最適な受給開始時期は個々の健康状態によって異なります。
年金以外の収入源・資産がある場合
不動産収入や配当収入、十分な金融資産がある方は、繰り上げ受給による減額の影響を比較的受けにくいといえます。年金を「早めに受け取れる収入のひとつ」と位置づけ、現役時代に近い生活水準を維持するために活用するという考え方も合理的でしょう。
見落としがちな繰り上げ受給のデメリットと注意点

繰り上げ受給を検討するうえで、減額以外にも把握しておくべき重要なデメリットがあります。特に障害年金や遺族年金との関係は見落とされがちなポイントです。
障害年金(事後重症)を請求できなくなる
繰り上げ受給を開始した後に障害状態になった場合、障害基礎年金(事後重症)を請求することができなくなります。事後重症による障害年金とは、障害認定日には障害等級に該当しなかったものの、その後65歳到達日の前日までに症状が悪化した場合に請求できる年金です。繰り上げ受給を選択すると、この請求権を失うことになります。
特に持病のある方や治療中の病気がある方は、将来の障害年金の可能性を考慮したうえで判断する必要があるでしょう。
出典:厚生労働省「年金制度の仕組みと考え方 第11 老齢年金の繰下げ受給と繰上げ受給」
65歳までは遺族年金との併給ができない
繰り上げ受給を開始した後は、65歳になるまで遺族厚生年金と老齢年金を同時に受け取ることができず、いずれか一方を選択する必要があります。配偶者の遺族厚生年金が見込まれる方は、この併給制限の影響を事前に確認しておくことが重要です。
寡婦年金の受給権を失う
寡婦年金は、国民年金の第1号被保険者として保険料を10年以上納付した夫が死亡した場合に、婚姻期間が10年以上ある妻が60歳から65歳まで受け取れる年金です。老齢基礎年金の繰り上げ受給を請求すると、寡婦年金を受け取る権利を失います。
国民年金の任意加入・追納ができなくなる
繰り上げ請求をすると、60歳以降の国民年金への任意加入や、過去に免除・猶予を受けた期間の保険料追納ができなくなります。年金額を増やすための選択肢が制限される点にも注意が必要です。
在職老齢年金による支給停止の可能性
60歳以降も厚生年金に加入しながら働く場合、賃金と老齢厚生年金の合計が月65万円(令和8年度の基準額)を超えると、超過分の半額が老齢厚生年金から支給停止となります。
令和8年4月にこの基準額は従来の51万円から65万円に引き上げられたため、支給停止の影響を受ける方は以前より減少しています。しかし、繰り上げ受給をしても就労を継続する予定がある方は、賃金と年金の合計額が基準を超えないか事前に確認しておくことが重要でしょう。
税金・社会保険料の負担増
60歳から年金収入が発生すると、所得税・住民税の課税対象となり、国民健康保険料や介護保険料の算定にも影響が生じる場合があります。特に60歳以降も働きながら年金を受け取る場合は、収入全体での税負担を試算しておくことをおすすめします。
繰り上げ受給で後悔しないための判断基準

繰り上げ受給を検討する際は、以下の判断基準を総合的に考慮することが重要です。
60歳から65歳までの生活費を貯蓄でまかなえるか
65歳までの生活費を貯蓄でカバーできる場合は、繰り上げずに65歳から通常受給する方が、生涯の受給総額では有利になる可能性が高いといえます。逆に、貯蓄が不足しており生活の維持が最優先となる状況では、繰り上げ受給が現実的な選択肢となるでしょう。
60歳以降に働く予定があるか
60歳以降も就労収入がある場合は、繰り上げ受給の必要性は低くなります。特に令和8年度から在職老齢年金の基準額が65万円に引き上げられたことで、65歳以降に働きながら年金を満額受け取れる方が増えました。就労を継続できる見込みがある方は、65歳からの通常受給を選択する方が合理的でしょう。
障害年金の受給可能性を考慮しているか
持病や治療中の病気がある方は、将来的に障害年金(事後重症)を請求する可能性がないか、慎重に検討する必要があります。繰り上げ受給をすると事後重症の請求権を失うため、この点を見落としたまま繰り上げてしまうと取り返しがつきません。
家族の年金受給への影響を確認しているか
遺族年金との併給制限や寡婦年金の受給権喪失など、繰り上げ受給は本人だけでなく配偶者の年金にも影響を及ぼす場合があります。配偶者の年金状況もあわせて確認しておきましょう。
まとめ
年金の繰り上げ受給は、60歳から年金を受け取れる一方で、最大24%の減額が生涯続くという制度です。損益分岐点は約81歳であり、平均余命を踏まえると65歳からの通常受給が有利になるケースが多いものの、健康状態や貯蓄額によっては繰り上げが合理的な選択となることもあります。
特に見落としやすいのが、障害年金(事後重症)の請求権喪失や遺族年金との併給制限です。金額面の損得だけでなく、これらの制度上の制約も含めて総合的に判断する必要があるでしょう。
判断に迷う場合は、「ねんきんネット」や厚生労働省の「公的年金シミュレーター」で受給額の試算を行い、年金事務所や街角の年金相談センターに相談することをおすすめします。
本記事は、CFP資格保有者であり、J-FLEC認定アドバイザーの金子賢司が執筆しています。当記事の執筆者「金子賢司」の情報は、CFP検索システムおよびJ-FLECアドバイザー検索システムにてご確認いただけます。北海道エリアを指定して検索いただくとスムーズです。



