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iDeCoで含み損が出たらどうする?「塩漬け」を避けるスイッチング判断と所得控除の損益計算

iDeCo(個人型確定拠出年金)の加入者数は約382.7万人(令和7年12月時点)に達していますが、市場の変動で含み損を抱えた際に「このまま放置していいのか」と不安を感じる方は少なくありません。結論から言えば、iDeCoの含み損は一般口座での損失とは性質が異なり、所得控除による税負担の軽減効果を加味すると、見かけの含み損ほど実質的な損失は大きくないケースが多いものです。ただし、何もせず放置する「塩漬け」が常に正解とも限りません。この記事では、含み損を抱えた際の冷静な判断基準として、所得控除を含めた損益の考え方、スイッチングを検討すべきケースとそうでないケース、そして受取時期までの残存年数に応じた判断の目安を整理しました。
出典:iDeCo公式サイト(国民年金基金連合会)|統計情報等
まず確認すべきは「実質的な損益」|所得控除を含めたiDeCoの損益計算

iDeCoの運用画面に表示される「含み損」は、あくまで運用資産の時価と拠出した掛金の累計額との差額です。しかし、iDeCoには掛金全額が所得控除(小規模企業共済等掛金控除)の対象になるという一般の投資にはない税制メリットがあるため、含み損の金額だけを見て判断するのは実態を見誤る原因になります。
所得控除の節税効果を「含み損」と相殺して考える
iDeCo公式サイト(国民年金基金連合会)によると、毎月の掛金が1万円の場合、所得税率10%・住民税率10%の方であれば年間2.4万円の税負担が軽減されます。この仕組みにより、掛金を拠出するだけで毎年一定額の「確定した利益」を得ていることになるのです。
出典:iDeCo公式サイト(国民年金基金連合会)|iDeCoのメリット
たとえば、企業年金のない会社員が月額2.3万円(年額27.6万円)を拠出し、所得税率20%・住民税率10%の場合を想定してみましょう。
・年間の掛金合計:27.6万円
・所得控除による節税額:27.6万円×30%(所得税20%+住民税10%)=約8.3万円
・5年間の累計節税額:約41.4万円
・10年間の累計節税額:約82.8万円
仮に10年間で運用資産が276万円の拠出に対して250万円に目減りしていたとしても、含み損26万円に対して累計節税額は約82.8万円です。所得控除の効果を含めた実質的な損益は約57万円のプラスとなり、見かけの含み損とは状況がまったく異なることがわかります。
もちろん、将来の受取時に課税される点を考慮する必要はあります。しかし、受取時には退職所得控除や公的年金等控除が適用されるため、拠出時の節税効果がそのまま消えるわけではありません。
「含み損=失敗」ではないと理解することが第一歩
含み損を目にすると動揺するのは自然な反応ですが、iDeCoの損益は「運用損益」だけでは測れない仕組みです。所得控除の節税効果を含めた実質損益を把握した上で、冷静に次の判断を行うことが重要になります。
含み損で判断を誤る3つの心理バイアスと対処法

iDeCoの運用画面で含み損を目にすると、多くの方が心理的なストレスを感じるものです。この不安の背景には、投資判断を誤らせやすい心理的な傾向(バイアス)が関係しています。重要なのは、バイアスの存在を知識として理解した上で、「感情」ではなく「ルール」で判断する仕組みを作ることです。
損失回避バイアス|「損を確定させたくない」が塩漬けを生む
人間は、利益を得る喜びよりも同額の損失を被る苦痛のほうを強く感じるとされています。この傾向を「損失回避バイアス」と呼び、行動経済学では広く知られた概念です。
iDeCoで含み損を抱えると、「損を確定させたくない」という心理が強く働き、値下がりした商品を「いずれ戻るだろう」と根拠なく保有し続ける「塩漬け」状態に陥りやすくなります。
対処法:「○%下落したらポートフォリオを見直す」「年1回の誕生月にリバランスする」など、あらかじめ機械的なルールを設けておくと、感情に左右されにくくなります。
サンクコストの誤謬|「ここまで積み立てたのに」が合理的判断を妨げる
すでに投じた費用(サンクコスト)を取り戻そうとして、非合理的な判断をしてしまう傾向です。含み損を抱えた商品に対して「ここまで積み立てたのに、ここでやめるのはもったいない」「元が取れるまで待とう」と考えてしまい、冷静な判断が難しくなるケースがあります。
対処法:過去に投じた金額は判断基準から外し、「今この瞬間に手元に同額の資金があったら、同じ商品を買うか?」と自問することで、未来に向けた合理的な選択がしやすくなります。
現状維持バイアス|「何もしない」が最善とは限らない
人間は変化を避け、現状を維持しようとする傾向を持つものです。含み損があっても「このまま何もしない」という選択を無意識に取ってしまいがちですが、商品自体に問題がある場合やポートフォリオのバランスが崩れている場合は、「何もしない」こと自体がリスクとなる可能性も否定できません。
対処法:年に1回はポートフォリオ全体の資産配分を確認し、当初の目標配分から一定以上(たとえば5〜10%以上)乖離していないかをチェックする習慣をつけておきましょう。
iDeCoの「スイッチング」は一般口座の「損切り」とは異なる

iDeCoは原則60歳まで資金を引き出せないため、一般の株式投資のように「損失を確定させて口座から現金を引き出す」という意味での損切りはできません。しかし、運用商品を入れ替える「スイッチング」は可能であり、これは損切りとは本質的に異なるものです。
スイッチングの仕組みと税制上のメリット
スイッチングとは、iDeCo口座内で保有中の運用商品を売却し、その資金で別の運用商品を購入する手続きを指します。iDeCo口座内で資産が移動するだけで、外部に資金を引き出すわけではありません。
一般口座(課税口座)で投資信託を売却した場合、利益が出ていれば20.315%の税金がかかります。損失が出た場合は株式等の譲渡所得同士であれば損益通算が可能ですが、給与所得など他の種類の所得とは通算できません。一方、iDeCo口座内でのスイッチングには税金がかかりません。含み益が出ている商品を売却しても非課税のままであり、税負担なくポートフォリオの再構成が可能です。
出典:iDeCo公式サイト(国民年金基金連合会)|iDeCoのメリット
この「非課税でポートフォリオを組み替えられる」という特性は、iDeCoならではの強みであり、スイッチングを「損切り」と同一視する必要はありません。
スイッチングを検討すべき3つのケース
含み損があるからといってすぐにスイッチングすべきとは限りませんが、以下のケースでは前向きに検討する余地があります。
1. 運用方針やリスク許容度が変わった場合
ライフステージの変化(結婚、出産、住宅購入など)に伴い、リスクを抑えた運用に切り替えたい場合は、スイッチングの合理的な理由になります。
2. 商品自体に問題があると判断した場合
同ジャンルの他商品と比較して信託報酬が明らかに高い場合や、純資産総額が継続的に減少しているファンドを保有している場合は、商品の見直しを検討すべきでしょう。テーマ型ファンドなど一時的な流行で選んだ商品が将来性を見込めなくなった場合も同様です。
3. ポートフォリオのバランスが大きく崩れた場合(リバランス目的)
特定の資産クラスが大幅に値下がりし、当初の目標配分から乖離している場合は、ポートフォリオの比率を目標に近づける「リバランス」のためにスイッチングを活用することが考えられます。これは感情的判断ではなく、規律あるリバランスの一環といえるでしょう。
安易なスイッチングを避けるべきケース
一方、以下のような場合は安易なスイッチングを避けたほうが賢明です。
・市場全体が一時的に下落しているだけで、商品自体には問題がない場合
・「もっと上がりそうな商品がある」というタイミング狙いの場合
・含み損を見るのが精神的に辛い、という感情が主な動機の場合
スイッチングの手続きには売却から購入まで3〜8営業日程度かかるため、タイミングを狙った短期売買には構造的に向きません。頻繁なスイッチングは「安く売って高く買う」結果になりやすく、長期投資の効果を損なう原因となるため注意が必要です。
受取までの残存年数で判断する|時間が味方になるケースとならないケース

iDeCoの含み損に対してどう対応すべきかは、受取開始時期(原則60歳以降)までの残存年数によっても判断が変わります。
残存20年以上(20〜30代)|時間を最大限の味方にする
受取開始まで20年以上ある場合は、一時的な含み損に対して最も余裕を持てる時期です。過去の金融市場の歴史を振り返ると、長期的には株式市場は回復と成長を繰り返してきました。
この段階での含み損は、ドルコスト平均法の「安値で多く買える」メリットを享受している状態ともいえます。iDeCoの自動積立は、価格が下がった時にはより多くの口数を購入するため、平均購入単価を引き下げる効果が期待できるのです。積立を停止してしまうと、この恩恵を逃すことになり、長期的な機会損失につながりかねません。
残存10〜20年(40代)|リバランスの習慣化を意識する時期
受取まで10〜20年の期間がある場合、引き続き長期投資の恩恵は受けられますが、ポートフォリオのバランスを定期的にチェックする習慣が重要になってきます。年に1回のリバランスを行い、株式と債券(または元本確保型商品)の比率が当初の方針から大きくずれていないか確認しましょう。
含み損が出ている商品について、「商品の問題か、市場全体の問題か」を見極める冷静さが求められる段階でもあります。
残存10年未満(50代〜)|リスク資産の比率を段階的に調整
受取開始時期が近づいてくると、「受取直前の暴落」というリスクが現実味を帯びてくるでしょう。この段階では、株式型の投資信託から元本確保型商品(定期預金等)への段階的なスイッチングを計画的に進めることが合理的な選択肢になります。
ただし、一度にすべてを元本確保型に移す必要はありません。たとえば55歳時点で株式比率を60%から40%に引き下げ、58歳で20%にするなど、数年かけて段階的に調整するのが現実的です。iDeCoの受給開始時期は60歳から75歳まで選べるため、受取時期を後ろにずらすことで運用期間を延ばすという選択肢もあります。
まとめ|iDeCoの含み損は「3つの視点」で冷静に判断する
iDeCoの運用で含み損を抱えた場合、感情に流されず、以下の3つの視点から冷静に判断することが重要です。
・所得控除を含めた実質損益で判断する:運用画面に表示される含み損だけを見るのではなく、掛金の所得控除による節税効果を加味した「実質的な損益」を計算する。見かけの含み損ほど実態は悪くないケースが多い
・スイッチングは「目的」で判断する:iDeCo口座内のスイッチングは非課税で行えるため、一般口座の損切りとは性質が異なる。リバランスやライフステージの変化に応じた商品変更は合理的だが、短期的な値動きに反応した頻繁なスイッチングは逆効果になりやすい
・受取までの残存年数に応じて対応を変える:残存20年以上なら積立継続を最優先に、残存10年未満なら段階的なリスク調整を検討する。受取時期が遠いほど、一時的な含み損を取り戻す時間的余裕がある
含み損は長期投資における一時的な通過点であり、iDeCoの税制メリットを総合的に考えれば過度に悲観する必要はありません。感情ではなくルールに基づいた判断を心がけ、長期的な資産形成を着実に続けていきましょう。
ドルコスト平均法について詳しくは以下の記事で解説しています。
ドルコスト平均法とは?時間分散で賢く資産形成!
本記事は、CFP®資格保有者であり、J-FLEC認定アドバイザーの金子賢司が執筆した記事です。当記事の執筆者「金子賢司」の情報は、CFP®検索システムおよびJ-FLECアドバイザー検索システムでご確認いただけます。北海道エリアを指定して検索いただくとスムーズです。



