公的年金制度
生命保険は本当に必要?公的保障を踏まえた検討ポイントを解説

生命保険への加入を検討する際、「どの保険に入るべきか」という判断は家族構成や収入状況によって大きく異なります。公益財団法人生命保険文化センターの2024年度調査によると、2人以上世帯の生命保険加入率は89.2%に達していますが、本当に全ての保障が必要なのでしょうか。
本記事では、日本の公的保障制度を正しく理解した上で、死亡保障・医療保険・がん保険それぞれについて、どのような場合に必要性が高いのかを解説していきます。
生命保険の必要性を判断する前に知っておくべき公的保障制度

民間の生命保険を検討する前に、まず日本の公的保障制度がどこまでカバーしてくれるのかを理解することが重要です。公的保障を正しく把握することで、民間保険で補うべき範囲が明確になります。
高額療養費制度による医療費の上限
高額療養費制度は、1か月の医療費が一定額を超えた場合、超過分が払い戻される制度です。この制度により、たとえ高額な医療費がかかっても、実際の負担額は所得に応じた上限額までとなります。
70歳未満の場合、所得区分に応じて以下のような自己負担上限額が設定されています。
・年収約1,160万円以上:252,600円+(医療費-842,000円)×1%
・年収約770~1,160万円:167,400円+(医療費-558,000円)×1%
・年収約370~770万円:80,100円+(医療費-267,000円)×1%
・年収約370万円以下:57,600円
・住民税非課税世帯:35,400円
例えば、年収500万円の方が300万円の医療費がかかった場合、窓口負担は3割の90万円ですが、高額療養費制度により実際の自己負担額は約87,430円となります。さらに、直近12か月間に3回以上高額療養費の支給を受けている場合(多数回該当)には、4回目以降の上限額が44,400円まで引き下げられます。
ただし、この制度の対象となるのは公的医療保険が適用される治療費のみです。差額ベッド代や入院時の食事代、先進医療の技術料などは対象外となるため、これらの費用については別途準備が必要となります。
遺族年金による家族への所得保障
家計を支える方が亡くなった場合、遺族には遺族年金が支給される可能性があります。遺族年金には、国民年金から支給される遺族基礎年金と、厚生年金から支給される遺族厚生年金の2種類が存在します。
遺族基礎年金は、18歳年度末までの子どもがいる配偶者または子どもが対象となります。2025年度の支給額は、基本額が年間約83万6,300円で、子どもの人数に応じて加算されます。第1子・第2子は各23万5,800円、第3子以降は各7万8,600円が加算される仕組みです。
会社員や公務員の方が亡くなった場合は、遺族基礎年金に加えて遺族厚生年金も受給できます。遺族厚生年金の額は、亡くなった方の厚生年金加入期間や報酬額によって異なりますが、おおむね老齢厚生年金の報酬比例部分の4分の3の金額となります。
なお、2028年4月からは遺族年金制度の改正が予定されており、20代から50代の子どもがいない配偶者については、原則5年間の有期給付に変更される見込みです。ただし、障害状態にある場合や収入が一定以下の場合は、継続給付の対象となります。
死亡保障が必要なケースと不要なケース

死亡保障の必要性は、扶養する家族の有無によって大きく変わります。ここでは、どのような状況で死亡保障が必要となるのかを整理していきます。
死亡保障の必要性が高いケース
死亡保障が特に必要となるのは、扶養する家族がいる場合です。配偶者や子どもがいる方が亡くなった場合、遺族年金だけでは生活費や教育費を賄えないケースが少なくありません。
生命保険文化センターの2024年度調査によると、世帯主に万一のことがあった場合の経済的備えについて、65.1%の世帯が「不安である」と回答しています。また、万一の際の準備手段として期待できるものの第1位は「生命保険(57.0%)」となっており、多くの世帯が死亡保障を重要な備えと位置づけています。
特に、子どもの教育費がピークを迎える時期は、必要保障額が大きくなります。文部科学省の「令和5年度 子供の学習費調査」によると、幼稚園から高校まで全て公立の場合で約596万円、全て私立の場合で約1,976万円の教育費が必要です。これに大学の費用も加わるため、子どもが複数いる世帯では数千万円単位の保障が必要となる場合もあります。
また、住宅ローンを団体信用生命保険でカバーしているか、配偶者に安定した収入があるかなど、各家庭の状況によって必要保障額は変動します。現在の貯蓄額、遺族年金の見込額、配偶者の収入見込みなどを総合的に考慮して、不足分を民間の生命保険で補う必要があります。
死亡保障の必要性が低いケース
一方、単身者や共働きで子どもがいない夫婦の場合、死亡保障の優先度は相対的に低くなります。単身世帯の生命保険加入率は45.6%にとどまっており、扶養家族がいない場合は葬儀費用程度の保障で十分なケースが多いでしょう。
また、子どもが独立した後の世帯では、必要保障額を見直すタイミングとなります。教育費の負担がなくなり、住宅ローンも完済に近づいている場合は、保障額を減額することで保険料負担を軽減できます。
十分な貯蓄がある場合も、死亡保障の必要性は低下します。遺族の生活費や葬儀費用を貯蓄で賄える場合は、無理に生命保険に加入する必要はありません。
出典:生命保険に関する全国実態調査|公益財団法人 生命保険文化センター
医療保険の必要性を検討するポイント

医療保険は、病気やケガで入院・手術をした際の医療費や収入減少に備える保険です。高額療養費制度があるため、医療費自体の負担は限定的ですが、それでも医療保険を検討すべきケースがあります。
医療保険の検討が推奨されるケース
貯蓄が十分でない場合、医療保険は有効な選択肢となります。高額療養費制度により医療費の上限は定められていますが、例えば年収500万円の方が入院した場合でも月額約8万円の自己負担が発生します。数か月の入院となれば、数十万円の負担となるため、貯蓄が少ない段階では医療保険で備えることが望ましいでしょう。
また、自営業やフリーランスの方は、会社員と異なり傷病手当金がないため、入院中の収入減少リスクが大きくなります。このような場合、入院日額や就業不能保険での備えが重要です。
差額ベッド代を希望する可能性がある場合も、医療保険の検討が推奨されます。個室や少人数部屋を希望する場合、1日あたり数千円から数万円の差額ベッド代が発生しますが、これは高額療養費制度の対象外です。
医療保険の必要性が低いケース
十分な貯蓄がある場合、医療保険の優先度は下がります。高額療養費制度により医療費の上限は決まっているため、年間100万円程度の医療費に対応できる貯蓄があれば、民間の医療保険なしでも対応可能でしょう。
会社員の場合、健康保険の傷病手当金により、休業中も給与の約3分の2が最長1年6か月間支給されます。有給休暇の残日数が多い場合や、企業の福利厚生で付加給付がある場合は、民間の医療保険の必要性はさらに低下します。
既に複数の医療保険に加入している場合は、保障内容が重複していないか確認が必要です。生命保険文化センターの調査によると、生命保険に加入している世帯は平均3.9件の保険契約を持っていますが、必ずしも全てが必要とは限りません。
がん保険の必要性と検討ポイント

がん保険は、がんと診断された場合の治療費や収入減少に備える保険です。がんは日本人の2人に1人が生涯で罹患するとされており、その必要性について検討する価値があります。
がんの現状と医療費
厚生労働省の「令和3年全国がん登録罹患数・率報告」によると、2021年に新たにがんと診断された方は98万8,900人に上ります。また、2023年のがんによる死亡者数は38万2,504人で、全死亡数の24.3%を占めています。
がん治療は長期化することが多く、通院治療も増えています。抗がん剤治療や放射線治療など、通院でも高額な医療費がかかるケースがあり、高額療養費制度を利用しても月々の自己負担額が継続的に発生します。
また、がん治療中は仕事を休むことや、勤務時間を短縮することも考えられます。この場合、収入が減少する可能性があり、医療費負担と収入減少の二重の経済的打撃を受けることになります。
出典:令和5年(2023)人口動態統計月報年計(概数)の概況|厚生労働省
がん保険の検討が推奨されるケース
がん保険が特に有効なのは、がんと診断された際に一時金が受け取れるタイプです。診断給付金は使途が自由であるため、治療費だけでなく、収入減少への対応や家族の生活費にも充てることができます。
先進医療を受けたい場合も、がん保険の検討が推奨されます。先進医療の技術料は全額自己負担となり、治療内容によっては数百万円かかることもあります。多くのがん保険には先進医療特約が付帯できるため、これらの高額な治療にも備えることができます。
家族にがんの罹患歴がある場合や、がん罹患への不安が強い場合も、精神的な安心を得るためにがん保険への加入を検討する価値があります。
がん保険の必要性が低いケース
十分な貯蓄があり、高額療養費制度を活用すれば治療費をカバーできる場合、がん保険の優先度は下がります。また、医療保険に既に加入しており、がん診断時の一時金特約などが付いている場合は、別途がん保険に入る必要性は低いでしょう。
若年層で家族の扶養義務が少なく、勤務先の福利厚生が充実している場合も、がん保険の必要性は相対的に低くなります。ただし、若いうちに加入すれば保険料が安く抑えられるメリットもあるため、将来を見据えた判断が必要です。
生命保険加入を検討する際の優先順位

限られた予算の中で生命保険を検討する場合、優先順位をつけることが重要です。ここでは、一般的な優先順位の考え方を整理します。
最優先すべき保障の考え方
扶養家族がいる場合、死亡保障を最優先で検討すべきです。世帯主が亡くなった場合の経済的影響は極めて大きく、遺族年金だけでは生活費や教育費を賄えないケースが多いため、必要保障額を計算し、不足分を定期保険などで補うことが推奨されます。
次に検討すべきは医療保障です。貯蓄が十分でない場合や、自営業で傷病手当金がない場合は、医療保険で入院・手術時の経済的負担に備えることが望ましいでしょう。ただし、高額療養費制度により医療費の上限は決まっているため、過剰な保障は必要ありません。
がん保険については、死亡保障と医療保障の後に検討する位置づけとなります。がん罹患への不安が強い場合や、先進医療を受けたい場合は優先度が上がりますが、基本的には他の保障を優先した後の検討で問題ないでしょう。
ライフステージに応じた見直しの重要性
生命保険は一度加入したら終わりではなく、ライフステージの変化に応じて定期的な見直しが必要です。結婚、出産、住宅購入、子どもの独立など、家族構成や経済状況が変わるタイミングで保障内容を見直すことで、適切な保障を維持できます。
特に子どもが独立した後は、必要保障額が大幅に減少するため、保険料の払い過ぎにならないよう注意が必要です。また、貯蓄が増えてきた場合は、民間保険の保障額を減らし、保険料負担を軽減することも検討すべきでしょう。
まとめ
生命保険の必要性は、家族構成、収入、貯蓄額、勤務先の福利厚生など、個々の状況によって大きく異なります。日本の公的保障制度は比較的充実しているため、全ての保険が必ずしも必要というわけではありません。
重要なのは、高額療養費制度や遺族年金といった公的保障でカバーできる範囲を正確に把握し、不足する部分を民間保険で補うという考え方です。扶養家族がいる場合の死亡保障、貯蓄が少ない場合の医療保障など、ご自身の状況に応じて優先順位をつけて検討することが大切です。
保険は家計の安全網として重要な役割を果たしますが、過剰な加入は家計を圧迫する要因にもなります。定期的に保障内容を見直し、ライフステージに合った適切な保障を維持していくことをお勧めします。
本記事は、CFP資格保有者であり、J-FLEC認定アドバイザーの金子賢司が執筆しています。当記事の執筆者「金子賢司」の情報は、CFP検索システムおよびJ-FLECアドバイザー検索システムにてご確認いただけます。北海道エリアを指定して検索いただくとスムーズです。
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