公的年金制度
在職老齢年金とは?働きながら年金を受け取る際の注意点と調整額を解説

65歳以降も働き続ける人が増加しています。しかし、働きながら年金を受け取る場合、給与額によっては年金の一部がカットされる「在職老齢年金制度」が適用されることをご存知でしょうか。2025年度の支給停止調整額は51万円、さらに2026年度からは62万円への引き上げが予定されています。この記事では、制度の仕組みと計算方法、年金カットを最小限に抑えるための対策について解説します。
はじめに:働き続ける喜びと年金調整の現実

平均寿命や健康寿命の延伸に伴い、定年後も働き続けることを希望する高齢者が増えています。企業側も人材確保や技能継承の観点から、シニア人材の活用を積極的に進めるようになりました。
一方で、厚生年金に加入しながら働くと、収入額によっては老齢厚生年金の一部または全部が支給停止となる場合があります。厚生労働省の資料によると、2022年度末時点で65歳以上の在職している年金受給権者のうち16%が支給停止の対象となっています。働き方と年金受給のバランスを考えるうえで、在職老齢年金制度の理解は欠かせません。
在職老齢年金制度の基本:働く高齢者の年金はどうなる?

在職老齢年金制度は、年金を受給しながら働く高齢者について、一定額以上の報酬がある場合に年金の支給を調整する仕組みです。ここでは、制度の対象者と仕組み、60歳台前半と65歳以降の違いについて確認します。
対象者と仕組み
在職老齢年金の対象となるのは、老齢厚生年金を受給しながら以下の条件に該当する方です。
・60歳以上70歳未満で、厚生年金保険に加入して働いている方
・70歳以上で、厚生年金の加入要件を満たす働き方をしている方
制度の基本的な考え方は、「一定額以上の報酬を得ている方には年金制度を支える側に回っていただく」というものです。賃金と年金の合計額が基準額を超えると、超えた分の半額が支給停止となります。
なお、老齢基礎年金は支給停止の対象外であり、減額されることなく全額受け取ることができます。経過的加算額や繰下げ加算額も支給停止の対象外です。
60歳台前半(60歳〜65歳未満)と65歳以降の制度の違い
2022年3月以前は、60歳台前半と65歳以降で異なる計算方法が設けられていました。60歳台前半は28万円を起点とした複雑な計算式が適用されており、65歳以上より厳しい支給停止基準となっていました。
2022年4月の年金制度改正により、60歳台前半の支給停止基準が65歳以降と同じ基準に統一されました。これにより、60歳台前半でも65歳以降と同様の計算方法で支給停止額が算出されるようになっています。
年金がカットされる基準額と計算方法

在職老齢年金の支給停止額を理解するには、「基本月額」と「総報酬月額相当額」という2つの概念を把握する必要があります。ここでは、それぞれの意味と具体的な計算方法を説明します。
「基本月額」と「総報酬月額相当額」とは?
基本月額とは、老齢厚生年金(報酬比例部分)の年額を12で割った金額を指します。加給年金額は含まれません。
総報酬月額相当額は、以下の計算式で算出されます。
総報酬月額相当額 = 標準報酬月額 +(その月以前1年間の標準賞与額の合計 ÷ 12)
標準報酬月額とは、毎月の給与(基本給、残業代、各種手当などを含む税引き前の金額)を一定の幅で区分した金額のことです。標準賞与額は、税引き前の賞与額から1,000円未満の端数を切り捨てた金額で、1回の支給につき150万円が上限となります。
支給停止の具体的な計算式
2025年度の支給停止調整額は51万円に設定されています。支給停止額は以下の条件で判定されます。
・基本月額と総報酬月額相当額の合計が51万円以下の場合:支給停止なし(全額支給)
・基本月額と総報酬月額相当額の合計が51万円を超える場合:超えた分の半額が支給停止
支給停止額の計算式は以下のとおりです。
支給停止額(月額)=(基本月額 + 総報酬月額相当額 - 51万円)÷ 2
【計算例】老齢厚生年金が月額10万円、総報酬月額相当額が44万円の場合
・基本月額+総報酬月額相当額 = 10万円 + 44万円 = 54万円
・51万円を3万円超過
・支給停止額 = 3万円 ÷ 2 = 1.5万円(月額)
・実際の年金支給額 = 10万円 - 1.5万円 = 8.5万円(月額)
この場合、勤め先からの賃金・賞与(月額44万円)と老齢厚生年金(月額8.5万円)、さらに老齢基礎年金(全額支給)を合わせた金額が合計収入となります。
なお、支給停止額が基本月額を上回る場合は、老齢厚生年金(加給年金を含む)が全額支給停止となる点に注意が必要です。
年金カットを最小限に抑えるための戦略

在職老齢年金制度による年金の支給停止を避けるためには、収入と年金の合計額が支給停止調整額を超えないように調整することが基本となります。ここでは、具体的な対策を紹介します。
給与額の調整、賞与の活用、退職金の検討
在職老齢年金の計算において、賞与は「その月以前1年間の標準賞与額の合計÷12」として総報酬月額相当額に算入されます。そのため、賞与を減らして月給を増やす、あるいはその逆のパターンで調整しても、年間を通じた総報酬月額相当額にはほとんど影響がありません。
一方、退職金は在職老齢年金の計算対象外です。退職金として受け取る場合は、総報酬月額相当額に算入されないため、年金の支給停止に影響しません。退職金制度がある企業では、退職金の受け取り方を検討することも一つの選択肢となります。
雇用形態の見直し(非常勤、パートなど)
厚生年金保険の加入対象とならない働き方をすれば、在職老齢年金制度の対象外となる可能性があります。
厚生年金保険の加入要件は、1週間の所定労働時間および1か月の所定労働日数が常時雇用者の4分の3以上であることが基本です。また、従業員数が一定以上の企業では、週20時間以上勤務で月額賃金8.8万円以上などの条件を満たす短時間労働者も加入対象となっています。
ただし、厚生年金に加入せずに働くことには、将来の年金額が増えないというデメリットもあります。在職定時改定により、65歳以降も厚生年金に加入して働けば毎年10月に年金額が増額改定されるため、長期的な視点での検討が必要です。
在職老齢年金とiDeCo・NISAなどの運用益の関係
iDeCoやNISAの運用益は、在職老齢年金の計算には含まれません。在職老齢年金の計算対象となるのは、あくまで厚生年金保険に加入している事業所から受ける「標準報酬月額」と「標準賞与額」のみです。
iDeCoやNISAで得た運用益は投資収益であり、賃金には該当しないため、総報酬月額相当額には算入されません。同様に、不動産収入や株式の配当金なども在職老齢年金の計算対象外です。
したがって、在職老齢年金の支給停止を気にすることなく、iDeCoやNISAを活用した資産形成を継続できます。年金という「守り」の収入を確保しつつ、運用益という「攻め」の資産を育てることで、老後の資産寿命を戦略的に延ばしていくことが可能です。老後の収入源を多様化する観点からも、これらの制度を活用することは有効な選択肢といえるでしょう。
【補足】繰下げ受給と在職老齢年金の関係
年金の繰下げ受給を選択した場合でも、在職老齢年金の計算は行われます。「65歳から受け取っていたら支給停止になっていた部分」は繰下げによる増額の対象になりません。支給停止を回避する目的で繰下げ受給を選択しても、期待した効果は得られない点に注意が必要です。
まとめ:働き方と年金受給の最適なバランスを見つける
在職老齢年金制度は、賃金と年金の合計が一定額を超えると年金が減額される仕組みです。2025年度の支給停止調整額は51万円ですが、2026年度からは62万円への引き上げが予定されており、より多くの方が年金を満額受給できるようになる見込みです。
働き方と年金受給のバランスを考える際のポイントをまとめます。
・基本月額と総報酬月額相当額の合計が支給停止調整額以下であれば年金は全額支給される
・老齢基礎年金は支給停止の対象外
・iDeCoやNISAの運用益は在職老齢年金の計算に含まれない
・厚生年金に加入して働き続ければ、在職定時改定により年金額が増える
・繰下げ受給でも支給停止の対象となる部分は増額されない
一度支給停止となった年金は、後から支給されることはありません。ただし、厚生年金に加入して働くことで将来の年金額は増加します。実際の相談現場でも、目先の年金カットを気にして就労意欲を削ぐよりも、生涯を通じた総収入と「社会との繋がり」を維持することのメリットが上回るケースを多く目にします。年金額だけでなく、働きがいや社会参加の価値も含めて、総合的に判断することが大切です。
在職老齢年金制度の最新情報は、日本年金機構や厚生労働省のウェブサイトで確認できます。個別の状況については、年金事務所や街角の年金相談センターに相談することをおすすめします。
本記事は、CFP資格保有者であり、J-FLEC認定アドバイザーの金子賢司が執筆しています。当記事の執筆者「金子賢司」の情報は、CFP検索システムおよびJ-FLECアドバイザー検索システムにてご確認いただけます。北海道エリアを指定して検索いただくとスムーズです。
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