自動車保険
人身傷害保険と搭乗者傷害保険の違いとは?公的保障を踏まえた「本当に必要な補償額」の考え方

自動車保険の見直しで「人身傷害保険と搭乗者傷害保険、どちらに入るべきか」と迷ったとき、損保会社のサイトでは両者の仕組みの違いは分かっても、自分の家計にとって本当に必要な補償額がいくらなのかまでは教えてくれません。人身傷害保険の加入率は82.4%に対し搭乗者傷害保険は約25%と差がありますが、この数字だけでは判断材料として不十分でしょう。公的保障や他の保険との重複を踏まえて判断しなければ、保険料の払いすぎや補償の不足が生じる可能性があります。この記事では、自賠責保険・遺族年金・高額療養費制度などの公的保障制度を基点に「不足額を逆算する」考え方で、人身傷害保険と搭乗者傷害保険の選び方を整理していきます。
人身傷害保険と搭乗者傷害保険の仕組みの違い(概要)

人身傷害保険は「実損額」を、搭乗者傷害保険は「定額」を補償する保険であり、補償の仕組みと支払タイミングが異なるのが特徴です。まず、両者の基本的な違いを簡潔に整理しておきましょう。
・人身傷害保険:事故で生じた治療費・休業損害・逸失利益・慰謝料などの実損額を補償。過失割合にかかわらず、示談交渉を待たずに保険金を受け取れる
・搭乗者傷害保険:契約車両に搭乗中の事故で死傷した場合に、あらかじめ決められた定額の保険金が支払われる。損害額の確定を待たないため支払いが早い
損害保険料率算出機構「自動車保険の概況(2024年度)」によると、自家用普通乗用車における人身傷害保険の加入率は82.4%です。搭乗者傷害保険は同機構の2022年度版で約25%と公表されていましたが、2021年6月の参考純率改定により搭乗者傷害保険が参考純率から外れたため、2022年度以降の加入率データは公表されていません(代替指標として「人身傷害定額払」の加入率33.3%が掲載されています)。人身傷害保険はほとんどの自動車保険で基本補償に含まれているのに対し、搭乗者傷害保険はオプション(特約)として位置づけられているケースが多いのが現状です。
仕組みの違いは損保会社のサイトにも詳しく記載されています。ここから先は、損保会社の立場では書きにくい「公的保障を差し引いた不足額の考え方」に焦点を当てていきます。
損保会社サイトでは分からない「公的保障の全体像」

自動車事故による死傷は、自動車保険だけでカバーするものではありません。自賠責保険だけでなく遺族年金・高額療養費制度・障害年金なども合わせると、公的保障でカバーされる範囲は想像以上に広く、「保険でカバーすべき本当の不足額」は、損害総額よりも小さくなるケースが少なくないのが実情です。
自賠責保険(強制保険)の補償範囲
すべての自動車に加入が義務づけられている自賠責保険の支払限度額は、被害者1名あたり以下のとおり定められています。
・傷害(ケガ):最高120万円(治療費・休業損害・慰謝料の合計)
・死亡:最高3,000万円(逸失利益・慰謝料・葬儀費用の合計)
・後遺障害:75万円~4,000万円(等級に応じて決定。常時介護が必要な第1級は最高4,000万円)
ただし、自賠責保険は「対人賠償」のみが対象であり、運転者自身のケガや単独事故は補償されない点に注意が必要です。
遺族年金(死亡事故の場合)
交通事故で一家の稼ぎ手が亡くなった場合、遺族年金が支給されます。2025年度の金額で試算すると、遺族基礎年金だけでも子ども1人の場合で年額107万1,000円が支給されます。会社員であれば、これに遺族厚生年金が上乗せされる仕組みです。
・遺族基礎年金(子1人):年額107万1,000円(基本額83万1,700円+子の加算23万9,300円)
・遺族厚生年金:報酬比例部分の4分の3(平均標準報酬額30万円・加入300月の場合、年額約37万円)
・中高齢寡婦加算(40歳以上65歳未満の妻):年額62万3,800円
ただし、遺族基礎年金と中高齢寡婦加算は同時には受給できません。中高齢寡婦加算は、遺族基礎年金を受給できない(または受給が終了した)妻に加算される仕組みとなっています。そのため、実際の受給額は時期によって異なります。
・子が18歳の年度末を迎えるまで:遺族基礎年金+遺族厚生年金 → 年額約144万円(月額約12万円)
・子が18歳年度末到達後~妻65歳まで:遺族厚生年金+中高齢寡婦加算 → 年額約99万円(月額約8万円)
仮に子が5歳の時点で一家の支柱が亡くなったケースでは、遺族基礎年金の受給期間が約13年間、その後の遺族厚生年金+中高齢寡婦加算の受給期間が約12年間となり、累計で約3,000万円以上の受給が見込める計算です。
高額療養費制度(ケガ・入院の場合)
事故によるケガで入院・手術が必要になった場合、高額療養費制度により1か月あたりの自己負担額には上限が設けられています。70歳未満で年収約370万~約770万円の場合、自己負担限度額は月額約8万円程度に抑えられます。
・年収約370万~約770万円の場合:80,100円+(医療費-267,000円)×1%
・年収約370万円以下の場合:57,600円
・直近12か月で3回以上該当した場合は「多数回該当」としてさらに軽減される
つまり、100万円の医療費がかかっても自己負担は約8万7,000円で済む計算です。差額ベッド代や先進医療の技術料は対象外ですが、一般的な交通事故のケガの治療であれば、公的医療保険でかなりの部分がカバーされることを認識しておく必要があります。
出典:厚生労働省|高額療養費制度の見直しについて(令和7年1月)
「不足額の逆算」で考える人身傷害保険の必要補償額

損害総額から公的保障と既加入の生命保険・医療保険の給付額を差し引いた「不足額」こそが、人身傷害保険で本当にカバーすべき金額です。損保会社のサイトでは「保険金額は3,000万円~5,000万円が一般的」と紹介されますが、その金額が自分にとって適正かどうかは、この逆算をしなければ判断できません。
死亡事故のケース(40歳・会社員・年収500万円・妻と子1人)
まず、逸失利益をライプニッツ係数を用いて計算します。ライプニッツ係数とは、将来得られるはずの収入を一括で受け取る際に中間利息を控除するための数値で、法定利率3%・40歳(就労可能年数27年)の場合は18.327です。
【損害総額の試算】
・逸失利益:500万円 ×(1-0.3)× 18.327 = 約6,414万円
※生活費控除率30%は「一家の支柱」の一般的な基準
・慰謝料(一家の支柱):約2,800万円(裁判所基準の目安)
・葬儀費用:約150万円
→ 損害総額:約9,364万円
【公的保障・既存保険からの給付額(概算)】
・自賠責保険(相手方が加入):3,000万円
・遺族年金(子が18歳年度末まで年額約144万円+その後の遺族厚生年金+中高齢寡婦加算):累計約3,000万円以上
・生命保険(すでに加入している死亡保障):※個人差あり
遺族年金だけで累計3,000万円以上の受給が見込めるケースでは、人身傷害保険で必要な補償額は「損害総額」そのものではなく、公的保障と既存保険を差し引いた残りの部分ということになります。死亡保障3,000万円の生命保険に加入済みであれば、自賠責+遺族年金+生命保険で相当部分をカバーできる計算です。
もちろん、遺族年金は生涯にわたって一括で受け取るものではなく毎月の分割受給であるため、一時的にまとまった資金が必要な局面(住宅ローンの返済、教育資金の確保など)には、人身傷害保険の一括支払い機能が重要な役割を果たす点は見落とせません。
重傷事故のケース(後遺障害が残った場合)
後遺障害が残り労働能力喪失率50%と認定された場合を想定します。
【損害総額の試算】
・逸失利益:500万円 × 0.5 × 18.327 = 約4,582万円
・後遺障害慰謝料:約1,000万円~2,000万円(等級による)
・治療費・入院費:約200万円~500万円
→ 損害総額:約5,782万円~7,082万円
【公的保障からの給付額】
・自賠責保険(後遺障害):等級に応じて75万円~4,000万円
・高額療養費制度:入院・手術費用の自己負担は月額約8万円に軽減
・障害年金:障害等級2級の場合、障害基礎年金で年額約83万円が支給される(令和7年度:831,700円)。会社員であれば障害厚生年金も上乗せされる
・傷病手当金(健康保険):標準報酬日額の2/3、最長1年6か月
重傷事故では損害額が大きくなりますが、高額療養費制度と障害年金・傷病手当金を合わせれば、治療費や生活費の一部は公的制度でカバーされることを踏まえて、人身傷害保険の保険金額を設定するのが合理的な考え方です。
軽傷事故のケース(骨折で30日入院・20日通院)
・治療費(入院・手術・通院):約150万円
・休業損害(30日間):約30万円
→ 損害総額:約180万円
このケースでは、高額療養費制度の適用で治療費の自己負担は月額約8万円前後に抑えられます。人身傷害保険があれば実損額がカバーされるため、搭乗者傷害保険を追加すべきかは保険料とのバランスで判断する領域です。
搭乗者傷害保険は本当に必要か?判断の分かれ目

搭乗者傷害保険は人身傷害保険の「上乗せ補償」であり、加入すべきかは家計の優先順位と他の保険との重複を踏まえて判断する必要があります。保険会社のサイトでは「人身傷害保険の上乗せ」として紹介されていますが、「追加する保険料に見合うだけの効果があるか」を冷静に見極めることが大切です。
搭乗者傷害保険のメリットが活きるケース
・事故直後に治療費の立て替えが困難な場合(人身傷害保険は損害額の確定に時間がかかることがある)
・家族や友人を同乗させる機会が多く、お見舞い金としての定額給付に意味がある場合
・医療保険に未加入で、入院時の一時金給付を他で確保していない場合
搭乗者傷害保険が不要と判断できるケース
・すでに医療保険やがん保険の入院給付金で事故直後の一時金をカバーできている場合
・勤務先の福利厚生(労災上乗せ保険、団体傷害保険など)で事故時の補償が手厚い場合
・預貯金で30万~50万円程度の一時的な出費には対応できる場合
・保険料の節約分を他の重要な補償(対人賠償、弁護士費用特約など)に充てたい場合
ポイントは「搭乗者傷害保険がなくても、他の手段で事故直後の資金確保ができるかどうか」にあります。医療保険の入院一時金や勤務先の団体保険ですでにカバーされている場合は、搭乗者傷害保険の優先順位は下がると考えられます。
生命保険・医療保険との「重複チェック」が欠かせない
自動車保険だけで補償を設計すると、生命保険や医療保険との重複が生じやすい点に注意が必要です。損保会社は自動車保険の範囲でしか提案しませんが、家計全体の保障を見渡すと、以下のような重複が発生していることがあります。
よくある重複パターン
・死亡保障の重複:人身傷害保険の保険金額を5,000万円以上に設定しているが、すでに3,000万円の定期保険に加入している → 合計で必要額を超過している可能性
・入院保障の重複:搭乗者傷害保険の入院日額と医療保険の入院給付金が二重になっている → 搭乗者傷害保険の必要性を再検討する余地あり
・車内・車外補償タイプを選んでいる場合:歩行中の事故も補償対象だが、傷害保険や共済でも同種のリスクをカバーしている場合がある
保障の棚卸しの手順
①生命保険証券と自動車保険証券を並べて、死亡時・入院時・後遺障害時にそれぞれいくら給付されるかを書き出す
②遺族年金・高額療養費制度・障害年金などの公的保障を加算する
③損害総額(逸失利益+慰謝料+治療費等)から上記を差し引き、不足額を算出する
④不足額に応じて人身傷害保険の保険金額を調整し、搭乗者傷害保険の追加要否を判断する
この棚卸しを行うことで、「人身傷害保険の保険金額を3,000万円から5,000万円に上げるべきか」「搭乗者傷害保険を追加する必要があるか」といった判断に根拠が生まれるでしょう。
ライフステージ別:人身傷害保険・搭乗者傷害保険の選び方

家族構成や収入状況、既加入の保険内容によって必要な補償額は異なるため、ライフステージごとの判断基準を整理していきましょう。
独身・若年層(20代~30代前半)
扶養家族がいない場合、死亡保障の必要性は低く、重視すべきは自身のケガ・後遺障害への備えです。人身傷害保険の保険金額は3,000万円程度が目安になりますが、勤務先の福利厚生(労災上乗せ保険など)を確認したうえで設定するのが合理的でしょう。搭乗者傷害保険は、医療保険に加入しているなら優先度は高くありません。
子育て世帯(30代後半~40代)
万一の死亡事故に備える必要性が最も高いのがこの世代です。ただし前述のとおり、遺族基礎年金と遺族厚生年金を合わせて年額約144万円(子1人の場合)が支給され、既加入の生命保険で相当部分はカバーされているケースも少なくありません。人身傷害保険の保険金額を上げる前に、まず遺族年金の受給見込額と生命保険の死亡保障額を確認し、不足額に基づいて判断しましょう。搭乗者傷害保険は、家族でのドライブ頻度が高い場合に検討の価値があります。
50代以降(子どもが独立した世帯)
子どもの独立後は遺族基礎年金の支給要件を満たさなくなるため、死亡時の公的保障は遺族厚生年金のみとなります。一方で住宅ローンの残債が減り、教育費の負担もなくなっている場合は、必要補償額自体が下がる傾向にあるでしょう。人身傷害保険の保険金額を見直して保険料を節約し、老後資金に回すという判断も選択肢に入ります。
自営業・フリーランス
会社員と比べて公的保障が手薄な点に留意が必要です。遺族厚生年金は受け取れず、遺族基礎年金(子1人で年額約107万円)のみとなる場合があります。傷病手当金もないため、事故で長期間働けなくなった場合のリスクは会社員より高くなります。人身傷害保険の保険金額は会社員より手厚く設定し、所得補償保険の活用も検討するのが望ましいでしょう。
家計全体の中での保険料配分の優先順位
自動車保険の保険料には限りがあるため、人身傷害保険と搭乗者傷害保険だけでなく、対人賠償や弁護士費用特約なども含めた全体のバランスで配分を考える必要があります。「補償を厚くすれば安心」というだけでは合理的な判断とは言えません。限られた保険料予算の中で、どの補償を優先すべきかという視点も欠かせないでしょう。一般的な優先順位は以下のとおりです。
①対人賠償保険・対物賠償保険(無制限):最優先。相手方への賠償は億単位になるケースがある
②人身傷害保険:自身や同乗者の生活再建に直結する基本補償
③弁護士費用特約:もらい事故の際、自分の保険会社が示談交渉できないケースで役立つ
④車両保険:車の修理費用。新車や高額車であれば優先度が上がる
⑤搭乗者傷害保険:人身傷害保険の上乗せ。他の補償・保険との重複を確認したうえで検討
この優先順位は一般的な目安であり、個々の状況によって変わりますが、搭乗者傷害保険は「余裕があれば追加する」位置づけであることを認識しておくことが、保険料の最適化につながります。
よくある質問(FAQ)
Q1. 人身傷害保険の保険金額はいくらに設定すべき?
A. 遺族年金・高額療養費制度・生命保険などの公的保障・既存保険を差し引いた「不足額」に基づいて設定するのが合理的な考え方です。一般的には3,000万円~5,000万円で設定する方が多いですが、子育て世帯で生命保険が薄い場合は上乗せを検討し、逆に独身者や公的保障が厚い場合は減額も選択肢に入ります。
Q2. 搭乗者傷害保険に入らなくても問題ない?
A. 人身傷害保険に加入していれば、実損額の補償は確保されているため、搭乗者傷害保険がなくても補償の「穴」が空くわけではありません。医療保険の入院給付金や勤務先の福利厚生で事故直後の資金を確保できるなら、搭乗者傷害保険は不要と判断することも可能です。
Q3. 人身傷害保険の「車内・車外補償タイプ」は必要?
A. 歩行中や他人の車に同乗中の事故もカバーされるため補償範囲は広がりますが、傷害保険や共済で同様のリスクをカバーしている場合は重複となる可能性があります。家族の保険加入状況を確認したうえで判断するのが合理的です。
Q4. 搭乗者傷害保険を使うと翌年の等級に影響する?
A. 搭乗者傷害保険のみの請求であれば、一般に「ノーカウント事故」として扱われ、翌年の等級には影響しません。ただし、同じ事故で対物賠償や車両保険を使った場合は等級に影響するため、事故全体の保険使用を考慮する必要があります。
まとめ:公的保障を差し引いた「不足額」で保険設計を見直す
人身傷害保険と搭乗者傷害保険の違いを理解することは重要ですが、それだけでは適切な保険設計にはたどり着けません。自賠責保険・遺族年金・高額療養費制度・障害年金・既加入の生命保険や医療保険を差し引いた「不足額の逆算」を行うことで、初めて人身傷害保険の適正な保険金額と搭乗者傷害保険の要否を合理的に判断できるようになります。
特に見直しのタイミングとしては、結婚・出産、子どもの独立、住宅ローンの完済など、ライフステージの変化があった時が適切でしょう。自動車保険の更新時に保険金額を「前年と同じ」で継続するのではなく、公的保障と他の保険を含めた保障全体のバランスを定期的にチェックすることが大切です。
参考情報
・損害保険料率算出機構|自動車保険の概況
・日本損害保険協会|自賠責保険
・日本年金機構|遺族年金ガイド 令和7年度版
・厚生労働省|高額療養費制度の見直しについて
・国土交通省|就労可能年数とライプニッツ係数表
・政府広報オンライン|障害年金の制度をご存じですか?
本記事は、CFP資格保有者であり、J-FLEC認定アドバイザーの金子賢司が執筆しています。当記事の執筆者「金子賢司」の情報は、CFP検索システムおよびJ-FLECアドバイザー検索システムにてご確認いただけます。北海道エリアを指定して検索いただくとスムーズです。



