公的年金制度
マクロ経済スライドとは?年金支給額が減る仕組みとその影響を分かりやすく解説

「年金は将来もらえなくなるのではないか」という不安を持つ方は少なくありません。しかし、年金制度には「マクロ経済スライド」という仕組みがあり、「年金額は減るけど、制度は破綻しない」と言われる大きな理由の一つとなっています。
マクロ経済スライドは、少子高齢化が進む日本において、年金の支給額を自動的に調整する制度として2004年の年金制度改正で導入されました。具体的にどのような仕組みで機能し、私たちの老後資金計画にどのような影響を与えるのでしょうか。本記事では、マクロ経済スライドの目的や仕組み、発動条件、キャリーオーバー制度まで詳しく解説します。
はじめに:年金支給額調整の鍵「マクロ経済スライド」

日本の公的年金制度は、現役世代が納めた保険料をその時点の高齢者への年金給付に充てる「賦課方式」を採用しています。この仕組みでは、少子高齢化が進行すると、保険料を納める現役世代が減少し、年金を受け取る高齢者が増加するため、財政バランスが崩れる可能性が生じます。
こうした課題に対応するため、2004年の年金制度改正で導入されたのがマクロ経済スライドという仕組みです。この制度は、年金財政の収支バランスを自動的に調整し、将来にわたって年金制度を持続可能なものにするための「安全装置」として機能しています。
マクロ経済スライドは2015年度に初めて発動され、その後2019年度、2020年度、2023年度、2024年度、2025年度と計6回発動されています。近年は物価や賃金が上昇傾向にあることから、毎年のように発動が続いている状況にあります。
マクロ経済スライドの目的と仕組み

マクロ経済スライドの基本的な考え方と、その具体的な仕組みについて解説していきます。
「現役世代の減少」と「平均余命の伸び」を調整する
マクロ経済スライドとは、現役世代の人口減少や平均余命の伸びといった社会情勢の変化に合わせて、年金の給付水準を自動的に調整する仕組みを指します。厚生労働省は、この制度を「社会全体の公的年金制度を支える力の変化」と「平均余命の伸びに伴う給付費の増加」というマクロでみた給付と負担の変動に応じて、給付水準を調整するものと説明しています。
2004年の制度改正以前は、5年ごとに給付水準を固定した上で保険料の引上げ計画を見直す「財政再計算」が行われていました。しかし、少子高齢化の進行により、再計算のたびに将来の保険料負担の見通しが上昇し続けるという問題が生じていたのです。
そこで、保険料水準に上限を設け、その固定された財源の範囲内で給付水準を自動調整する仕組みとしてマクロ経済スライドが導入されました。これにより、現役世代の保険料負担が過重にならないよう配慮しつつ、年金制度の持続可能性を確保することが可能となっています。
物価や賃金の上昇率から、一定の率を差し引くことで年金改定率を調整
年金額は通常、賃金や物価の変動に応じて毎年度改定される仕組みになっています。マクロ経済スライドが適用される期間中は、この賃金や物価による年金額の伸びから「スライド調整率」を差し引いて年金額を改定することになります。
スライド調整率は、以下の2つの要素から算出されます。
・公的年金全体の被保険者数の減少率の実績
・平均余命の伸びを勘案した一定率(0.3%)
例えば、2025年度の年金額改定では、名目手取り賃金変動率が+2.3%でしたが、マクロ経済スライドによる調整(▲0.4%)が適用されたため、最終的な年金額の改定率は+1.9%となりました。賃金が2.3%上昇しても、年金額は1.9%しか増えないということになります。
出典:厚生労働省「令和7年度の年金額改定についてお知らせします」
マクロ経済スライドが発動される条件と期間

マクロ経済スライドは常に発動されるわけではありません。発動条件や調整期間について説明していきます。
「スライド調整率」と「物価上昇率」の関係
マクロ経済スライドの発動条件は、物価や賃金の変動状況によって異なります。基本的には、賃金や物価がプラスの場合にのみ発動されます。
具体的には、以下のような仕組みとなっています。
・賃金・物価の上昇率が十分大きい場合:スライド調整率を全て差し引いて年金額を改定
・賃金・物価の上昇率が小さい場合:調整により年金額が前年度を下回らない範囲で調整(名目下限措置)
・賃金・物価がマイナスの場合:マクロ経済スライドは発動されず、賃金・物価の下落分のみ反映
この「名目下限措置」は、現在の年金受給者に配慮し、年金額が前年度より減少しないようにする措置として設けられています。マクロ経済スライドを適用すると名目額がマイナスになる場合は、年金額を前年度と同額に据え置くことになるのです。
出典:厚生労働省「いっしょに検証!公的年金 第07話 給付と負担をバランスさせる仕組み」
景気が悪い時にはスライドは発動しない?キャリーオーバー制度
2018年度から、マクロ経済スライドに「キャリーオーバー制度」が導入されました。これは、名目下限措置により調整しきれなかった分を翌年度以降に繰り越し、賃金・物価が上昇した年度にまとめて調整する仕組みです。
キャリーオーバー制度導入の目的は、将来世代の給付水準確保と世代間の公平性維持にあります。景気低迷期にマクロ経済スライドが発動されないと、本来行うべき調整が先送りされ、将来世代の年金給付水準が下がってしまう恐れがあるためです。
例えば、2021年度と2022年度はマクロ経済スライドによる調整がしきれず、それぞれ0.1%、0.2%のキャリーオーバーが発生しました。この合計0.3%分は、2023年度の年金改定時に追加で調整されています。
キャリーオーバー制度がある限り、物価が上昇しても過去の未調整分が差し引かれるため、年金額の伸びが抑えられることになります。ただし、この制度においても名目下限措置は維持されており、繰り越し分の調整によって年金額が前年度を下回ることはありません。
出典:日本年金機構「マクロ経済スライドのキャリーオーバー制度とは何ですか。」
マクロ経済スライドが年金支給額に与える影響

マクロ経済スライドは、具体的にどのような形で年金額に影響を与えるのでしょうか。実質的な影響と名目額の関係を整理します。
将来的に実質的な年金額は減少する傾向
マクロ経済スライドが適用されると、年金額の伸びは物価や賃金の伸びを下回ることになります。物価が上昇しても年金額がそれに追いつかないため、年金の実質的な購買力は徐々に低下していくことになるのです。
公的年金の給付水準を示す指標として「所得代替率」があります。これは、年金を受け取り始める時点で、現役世代の平均手取り収入に対して年金額がどの程度の割合かを示すものです。2024年度の所得代替率は61.2%でしたが、マクロ経済スライドによる調整期間が終了するまでは、この数値は低下していく見通しとなっています。
令和6年財政検証の結果によると、現状維持に近い「過去30年投影ケース」では、マクロ経済スライド調整終了後の所得代替率は約50%程度になる見通しです。これは、同じ条件で働いた場合でも、将来の年金受給者は現在より実質的に低い水準の年金を受け取ることを意味しています。
「名目額は維持されやすい」という誤解
名目下限措置があるため、「年金額は下がらない」と誤解されることがありますが、これは正確ではありません。名目下限措置は、前年度の年金額を下回らないようにする措置であり、物価上昇に対して年金の価値が目減りすることを防ぐものではないからです。
例えば、物価が3%上昇した年に、年金額が1.9%しか上昇しなければ、名目額は増えていても実質的な購買力は約1%低下したことになります。同じ金額でも、以前より買えるものが少なくなってしまうのです。
2025年度の年金額改定を例にとると、物価変動率は+2.7%でしたが、年金額の改定率は+1.9%にとどまりました。老齢基礎年金(満額)は月額69,308円(前年比+1,308円)となり、名目額は増加しています。しかし、物価上昇率を下回る増加率であるため、年金の実質的な価値は目減りしているということになります。
マクロ経済スライドに対する誤解と真実

マクロ経済スライドについては様々な誤解があります。制度の本当の意味を正しく理解しておきましょう。
年金制度の破綻を防ぐための安全装置
マクロ経済スライドは、年金制度を破綻させるための仕組みではなく、むしろ制度を持続させるための安全装置として機能しています。この点について、よくある誤解と真実を整理してみましょう。
誤解①:年金制度は破綻する
マクロ経済スライドがあることで、保険料収入と給付のバランスが自動的に調整されます。財源の範囲内で給付を行う仕組みが整備されているため、年金制度が突然破綻することはありません。厚生労働省が5年ごとに実施する財政検証では、おおむね100年間の財政収支見通しを作成し、制度の持続可能性を確認しています。
誤解②:将来、年金は全くもらえなくなる
マクロ経済スライドにより給付水準は調整されますが、年金給付自体がなくなるわけではありません。法律では、モデル年金の所得代替率が50%を下回ると見込まれる場合には、給付水準調整の終了やその他の措置を講じることが定められており、一定水準の給付は確保される仕組みになっています。
誤解③:今の高齢者だけが得をしている
マクロ経済スライドは、現在の受給者にも適用されています。名目下限措置により急激な減額は避けられていますが、物価上昇に対して年金額の伸びが抑制されるため、現在の受給者も実質的な購買力低下の影響を受けることになるのです。
出典:厚生労働省「年金制度の仕組みと考え方 第7 マクロ経済スライドによる給付水準調整期間」
マクロ経済スライドを意識した老後資金計画

マクロ経済スライドの仕組みを理解した上で、どのように老後資金計画を立てるべきかを考えてみましょう。
自助努力(iDeCo、NISA)の重要性再確認
マクロ経済スライドにより公的年金の実質的な価値が徐々に目減りしていく可能性がある以上、公的年金だけに頼らない資金準備が求められます。特に、税制優遇のある制度を活用した資産形成が有効といえるでしょう。
iDeCo(個人型確定拠出年金)の活用
iDeCoは、掛金が全額所得控除の対象となり、運用益も非課税、受取時にも税制優遇が受けられる制度です。公的年金に上乗せする「私的年金」として、老後の収入源を増やすことができます。2024年12月からは加入可能年齢が65歳未満から70歳未満に引き上げられ、より長期の積立が可能になりました。
NISA(少額投資非課税制度)の活用
2024年から新NISAがスタートし、非課税保有期間が無期限化され、年間投資枠も拡大されました。つみたて投資枠(年間120万円)と成長投資枠(年間240万円)を合わせて最大1,800万円まで非課税で運用できます。長期・分散投資による資産形成を進めることで、年金の目減り分を補う資金を準備できます。
老後資金計画のポイント
・公的年金の受給見込み額を「ねんきんネット」などで確認する
・将来の年金額は現在の見込みより実質的に目減りする可能性を考慮する
・iDeCoやNISAなど税制優遇制度を活用して早めに資産形成を始める
・インフレに負けない資産配分を意識する
アセットアロケーションの視点
マクロ経済スライドがある以上、「現金をそのまま持っていること」も、相対的な目減りというリスクを孕んでいることになります。年金が物価上昇に負ける分を補うには、物価上昇局面で価値が上がりやすい「株式(ETF)」などを、NISAを通じてポートフォリオに組み入れておくことが重要です。
年金という「債券的な性質の資産」に対し、自助努力で「株式的な資産」を掛け合わせる。このアセットアロケーションの視点こそが、マクロ経済スライド時代を生き抜く最適解といえます。
公的年金は老後の生活を支える基盤として引き続き重要な役割を果たしますが、マクロ経済スライドの影響を踏まえると、自助努力による上乗せが必要になる場面も増えてくるでしょう。
まとめ:マクロ経済スライドを理解し、賢く老後資金に備える
マクロ経済スライドは、少子高齢化が進む日本において年金制度を持続可能なものにするための重要な仕組みです。この制度があることで、年金制度の破綻は避けられますが、その代わりに年金の給付水準は徐々に調整されていきます。
本記事のポイントを整理すると、以下のようになります。
・マクロ経済スライドは、現役世代の減少と平均余命の伸びに対応して年金給付水準を自動調整する仕組み
・物価や賃金の上昇率からスライド調整率を差し引くため、年金額の伸びは物価上昇に追いつかない
・名目下限措置により年金額が前年度を下回ることはないが、実質的な購買力は低下する
・キャリーオーバー制度により、未調整分は将来の年金改定時にまとめて調整される
・年金制度の破綻を防ぐ安全装置として機能しているが、将来の給付水準低下は避けられない
マクロ経済スライドの仕組みを正しく理解し、公的年金に加えてiDeCoやNISAなどを活用した自助努力を組み合わせることで、老後の生活により余裕をもたせることができます。早い段階から将来を見据えた資金計画を立て、着実に準備を進めていくことをお勧めします。
本記事は、CFP資格保有者であり、J-FLEC認定アドバイザーの金子賢司が執筆しています。当記事の執筆者「金子賢司」の情報は、CFP検索システムおよびJ-FLECアドバイザー検索システムにてご確認いただけます。北海道エリアを指定して検索いただくとスムーズです。
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