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老後の生活費はいくら必要?リアルな支出を把握する家計診断シート

「老後に必要な資金は2,000万円」というフレーズを耳にしたことがある方も多いでしょう。しかし、この金額はあくまで平均値であり、実際に必要な金額は一人ひとり異なります。老後資金計画の第一歩は、現在の支出と将来の支出を正確に把握することにほかなりません。この記事では、老後のリアルな生活費を試算するための家計診断シートを提示し、具体的な目標設定に役立つ情報を解説していきます。
漠然とした不安を「見える化」する家計診断の重要性

老後の生活費に対する不安を抱えている方は少なくありません。生命保険文化センターの「生活保障に関する調査」(2025年度)によると、老後生活に対する不安を感じている方は8割を超えています。しかし、その多くは「漠然とした不安」であり、具体的な金額を把握できていないケースが目立ちます。
老後の生活費を「見える化」することで得られるメリットは複数あります。まず、必要な貯蓄目標が明確になり、現役時代の資産形成計画を立てやすくなるという点があげられます。また、年金収入との差額を把握することで、不足分をどのように補うかを具体的に検討できるようになるでしょう。さらに、想定外の支出に備えた余裕資金の確保も計画しやすくなります。
家計診断を行う際は、現在の支出をベースに老後の変化を加味していく方法が効果的です。現役時代の家計簿データがあれば、それを基準として老後に増える支出と減る支出を調整していくことで、より現実的な試算が可能になります。
現在の支出を把握する:固定費と変動費を洗い出す

老後の生活費を正確に見積もるためには、まず現在の支出状況を詳細に把握する必要があります。支出は大きく「固定費」と「変動費」に分類できるため、それぞれを整理していきましょう。
固定費の主な項目
固定費とは、毎月ほぼ一定額が発生する支出のことを指します。代表的な項目として、住居費(家賃・住宅ローン返済・管理費・修繕積立金)、水道光熱費(電気・ガス・水道)、通信費(スマートフォン・固定電話・インターネット)、保険料(生命保険・医療保険・損害保険)、税金・社会保険料(住民税・国民健康保険・介護保険)などが挙げられます。
総務省の「家計調査」(2024年平均)によると、65歳以上の夫婦のみ無職世帯における主な固定費は以下のとおりです。住居費が月額16,432円、光熱・水道費が21,919円、交通・通信費が27,768円となっています。ただし、住居費については持ち家率が95.8%と高いため、賃貸住宅に住んでいる場合は大きく異なる点に注意が必要です。
出典:総務省「家計調査報告(家計収支編)2024年平均結果の概要」
変動費の主な項目
変動費とは、月によって金額が変わる支出です。食費、日用品費、被服費、交際費、趣味・娯楽費、医療費などが該当します。
同じく2024年の家計調査データによると、65歳以上夫婦のみ無職世帯の変動費は、食料費が76,352円、被服及び履物が5,590円、保健医療費が18,383円、教養娯楽費が25,377円、交際費が23,888円となっています。
現役時代と老後で変化する支出項目
老後になると減少が見込まれる支出項目があります。教育費は子どもの独立に伴いほぼゼロになることが一般的でしょう。また、通勤にかかる交通費や仕事関連の交際費も減少します。住宅ローンを完済していれば、その分の負担もなくなります。スーツや仕事着などの被服費も減る傾向にあるでしょう。
一方で、増加が予想される支出もあります。医療費は年齢とともに増加する傾向が顕著であり、厚生労働省の「国民医療費」(令和5年度)によると、65歳以上の1人あたり医療費は年間約79.7万円で、65歳未満(約21.8万円)の約3.7倍に達しています。また、介護費用の発生や、自由な時間が増えることに伴う趣味・旅行費用の増加も考慮に入れる必要があります。
老後の支出を予測する際のポイント

現在の支出状況を把握したら、次は老後の支出を予測していきます。ここでは、特に注意すべきポイントを解説します。
医療費・介護費の増加を見込む
老後の家計で最も不確実性が高いのが医療費と介護費です。健康状態によって大きく変動するため、ある程度の余裕を持った見積もりが求められます。
生命保険文化センターの「生命保険に関する全国実態調査」(2024年度)によると、介護に要した費用は、住宅改造や介護用ベッドの購入など一時的な費用が平均47.2万円、月々の費用が平均9万円となっています。介護期間は平均55.0カ月(4年7カ月)であり、単純計算では介護費用の総額は約542万円に達することになります。
介護費用は場所によっても異なり、在宅介護の場合は月平均5.3万円、施設介護の場合は月平均13.8万円という調査結果が出ています。将来的に施設入居を検討する場合は、相応の資金を確保しておく必要があるでしょう。
出典:生命保険文化センター「介護にはどれくらいの費用・期間がかかる?」
趣味・旅行費用など「ゆとりの費用」をどう考えるか
老後生活の満足度を左右するのが、趣味や旅行といった「ゆとりの費用」です。生命保険文化センターの「生活保障に関する調査」(2025年度)によると、夫婦2人で老後生活を送る上で必要と考える最低日常生活費は月額平均23.9万円である一方、ゆとりある老後生活を送るためには月額平均39.1万円が必要と考えられています。
この差額である月額約15.2万円が「ゆとりのための上乗せ額」となります。その使途としては、「旅行やレジャー」が59.5%と最も高く、「日常生活費の充実」が50.1%、「趣味や教養」が47.9%と続いています。
ゆとり費用をどの程度見込むかは、個人の価値観やライフスタイルによって大きく異なります。老後に実現したいことを具体的にリストアップし、それぞれにかかる費用を見積もっておくことが重要です。
出典:生命保険文化センター「老後の生活費はいくらくらい必要と考える?」
住居費の変化(住宅ローン完済後・リフォーム費用など)
住居費は老後の家計において重要な項目です。持ち家の場合、住宅ローン完済後は月々の返済負担がなくなりますが、その代わりにリフォームや修繕の費用を計画的に準備しておく必要があります。
築年数が経過した住宅では、屋根や外壁の塗り替え、給湯器やエアコンの交換、水回りのリフォームなどが必要になってきます。また、高齢になると段差の解消や手すりの設置といったバリアフリー化のための改修も検討課題となるでしょう。これらの費用として、数十万円から数百万円程度を見込んでおくことが望ましいといえます。
賃貸住宅に住み続ける場合は、家賃が老後も継続的に発生します。年金収入に対する家賃の割合が高すぎると家計を圧迫するため、住み替えや住宅購入の選択肢も含めて検討することが大切です。
老後生活費シミュレーションシート活用術

ここでは、老後の生活費を試算するためのシミュレーション方法を解説します。複数のシナリオで試算することで、より現実的な資金計画を立てられるようになります。
シミュレーションシートの項目解説と記入例
老後生活費のシミュレーションでは、以下の項目を整理していきます。
【収入の部】
・公的年金(老齢基礎年金・老齢厚生年金)
・企業年金・個人年金
・就労収入(65歳以降も働く場合)
・その他収入(家賃収入・配当金など)
【支出の部】
・基本生活費:食費、住居費、光熱・水道費、被服費、日用品費
・保健医療費:医療費、薬代、健康維持費
・交通・通信費:自動車維持費、公共交通費、通信費
・教養娯楽費:趣味、旅行、習い事
・交際費:冠婚葬祭、贈答、外食
・その他:税金、社会保険料、保険料、雑費
【記入例:65歳夫婦世帯の場合】
総務省の家計調査(2024年)による65歳以上夫婦のみ無職世帯の平均支出を参考にすると、消費支出は月額約25.7万円、非消費支出(税・社会保険料)を含めた総支出は約28.7万円となります。一方、実収入は約25.3万円であり、月々約3.4万円の不足が生じている計算になります。
3つのシナリオによる試算方法
老後の生活費は不確定要素が多いため、複数のシナリオで試算しておくことをおすすめします。
【楽観シナリオ】
健康状態が良好で介護が不要、住宅ローン完済済み、夫婦とも長生きというケースを想定します。この場合、消費支出は平均的な月額25万円程度に収まり、年金収入で基本的な生活費をまかなえる可能性が高くなります。ゆとり費用として月3〜5万円程度を追加で確保できれば、旅行や趣味も楽しめるでしょう。
【現実的シナリオ】
75歳頃から医療費が増加し、80歳前後で軽度の介護が必要になるケースを想定します。月々の支出は30万円前後となり、年金収入だけでは月5〜8万円程度の不足が生じる可能性があります。介護費用として一時金50万円程度、月額5〜10万円を数年間支出することも視野に入れておく必要があるでしょう。
【悲観シナリオ】
早期に要介護状態となり施設入居が必要になるケースを想定します。施設介護の場合、月々の費用は13〜15万円程度が平均ですが、施設の種類によっては月20〜30万円以上かかることもあります。このシナリオでは、介護期間が10年以上に及ぶ可能性も考慮し、1,000万円以上の介護資金を準備しておくことが望ましいといえます。
診断結果から見えてくる「老後資金不足額」の現実

家計診断を行った結果、多くの方が「老後資金不足額」に直面することになります。ここでは、その現実と対策について考えていきましょう。
総務省の家計調査(2024年)によると、65歳以上夫婦のみ無職世帯では月々約3.4万円、単身無職世帯では月々約2.8万円の不足が生じています。これを老後期間(仮に25年間とした場合)で計算すると、夫婦世帯で約1,020万円、単身世帯で約840万円の取り崩しが必要になる計算です。
さらに、ゆとりある生活を送りたい場合は、この金額に上乗せが必要となります。月額約15万円のゆとり費用を25年間確保しようとすると、追加で約4,500万円が必要になります。もちろん、これは極端な計算であり、ゆとり費用は年齢とともに減少していく傾向があるため、実際にはこれより少なくなるケースが多いでしょう。
老後資金不足への対策としては、いくつかの選択肢が考えられます。現役時代からの計画的な資産形成(NISA・iDeCoの活用など)、65歳以降も働き続けることによる収入確保、年金の繰下げ受給による受給額の増加、支出の見直しによる生活費の圧縮、住宅の活用(リバースモーゲージなど)といった方法が代表的です。
重要なのは、早い段階から自分の老後像を具体的にイメージし、それに見合った資金計画を立てることです。漠然とした不安を抱えたまま過ごすのではなく、家計診断を通じて課題を「見える化」し、一つずつ対策を講じていくことが老後の安心につながります。
まとめ:老後像を明確にし、具体的な計画を立てよう
老後の生活費は、一人ひとりのライフスタイルや価値観によって大きく異なります。統計データはあくまで参考値であり、重要なのは自分自身の老後像を明確にし、それに基づいた具体的な資金計画を立てることです。
家計診断のポイントをおさらいすると、まず現在の支出を固定費と変動費に分けて正確に把握することから始めます。次に、老後に増える支出(医療費・介護費など)と減る支出(教育費・通勤費など)を考慮して調整を行います。その上で、ゆとり費用をどの程度確保したいかを検討し、楽観・現実的・悲観の3つのシナリオで試算を行うことで、必要な老後資金の目安が見えてきます。
老後資金の準備は、早く始めるほど有利です。現役時代のうちから家計診断を行い、必要な金額を把握した上で、計画的に資産形成を進めていくことをおすすめします。定期的に家計診断を見直すことで、ライフステージの変化にも柔軟に対応できるようになるでしょう。
本記事は、CFP資格保有者であり、J-FLEC認定アドバイザーの金子賢司が執筆しています。当記事の執筆者「金子賢司」の情報は、CFP検索システムおよびJ-FLECアドバイザー検索システムにてご確認いただけます。北海道エリアを指定して検索いただくとスムーズです。
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