公的年金制度
最適な年金受給開始年齢シミュレーション:寿命・働き方・資産別に徹底分析

年金はいつから受け取るのが最もお得なのか。この問いに対する答えは、一人ひとりの「寿命」「働き方」「貯蓄額」によって異なります。65歳が原則の受給開始年齢ですが、60歳から75歳までの間で自由に選択できる仕組みになっており、その選択によって生涯で受け取る年金総額は数百万円単位で変わる可能性があります。
本記事では、具体的なシミュレーションを通じて、ライフプランに合った最適な年金受給開始年齢の見つけ方を解説します。繰り上げ・繰り下げ受給の損益分岐点や、在職老齢年金との兼ね合い、夫婦で年金を最大化する戦略まで、データに基づいた選択のポイントを整理しました。
年金受給は「オーダーメイド」の戦略が必要

公的年金の受給開始年齢は65歳が原則ですが、希望すれば60歳から75歳までの間で自由に選択できます。繰り上げ受給を選べば年金額は減額され、繰り下げ受給を選べば増額される仕組みになっています。
繰り上げ受給の場合、1カ月早めるごとに0.4%減額され、60歳0カ月で受給開始すると24%減額されます。一方、繰り下げ受給では1カ月遅らせるごとに0.7%増額され、75歳0カ月まで待つと84%増額となります。
この増減率は生涯変わりません。一度決定した受給開始年齢は変更できないため、自身の健康状態、資産状況、働き方などを総合的に考慮した「オーダーメイド」の戦略が求められます。
シミュレーションの前提条件を確認する
年金受給戦略を検討するにあたり、まずは自身の年金見込額と、シミュレーションに必要な前提条件を把握することが重要になります。
基本年金額の把握方法(ねんきんネット活用)
年金見込額を正確に把握するには、日本年金機構が提供する「ねんきんネット」の活用が有効です。ねんきんネットでは、これまでの加入記録に基づいた年金見込額を確認できるほか、将来の働き方を想定したシミュレーションも可能になっています。
令和7年度(2025年度)の年金額の目安は以下のとおりです。
・老齢基礎年金(満額):月額69,308円(年額831,700円)
・厚生年金を含む標準的な夫婦世帯:月額232,784円
標準的な夫婦世帯とは、男性が平均的な収入(平均標準報酬月額換算45.5万円)で40年間就業し、妻が専業主婦であった場合の給付水準を指します。
平均寿命と健康寿命、自己認識の寿命
年金戦略を立てるうえで、「何歳まで生きるか」の想定は避けて通れません。厚生労働省の「令和6年簡易生命表」によると、2024年の平均寿命は男性81.09歳、女性87.13歳となっています。
一方、健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間を示す「健康寿命」は、2022年時点で男性72.57歳、女性75.45歳でした。平均寿命との差は男性約9年、女性約12年あり、この期間は日常生活に何らかの制限がある可能性を考慮する必要があります。
また、90歳まで生存する割合は男性25.8%、女性50.2%となっており、女性の2人に1人は90歳を迎える計算です。長寿リスクへの備えとして、繰り下げ受給による年金増額を検討する価値は十分にあります。
年金以外の収入を確認する
年金受給開始年齢を決める際には、年金以外の収入源も考慮が必要です。
・給与収入(65歳以降も働く場合)
・配偶者の年金
・不動産収入や配当収入
・退職金や企業年金
・個人年金やiDeCoからの給付
これらの収入がある場合、年金受給を遅らせても生活費を賄える可能性が高まります。逆に、60代前半で収入が途絶える場合は、繰り上げ受給の検討も現実的な選択肢となります。
ケース1:長寿を想定した場合の最適戦略(繰り下げ有利パターン)

平均寿命を超えて長生きする可能性が高いと考える場合、繰り下げ受給が有利になる傾向があります。具体的なシミュレーションで確認しましょう。
85歳、90歳まで生きるなら繰り下げが断然お得な理由
繰り下げ受給の損益分岐点(65歳から受給開始した場合と累計受給額が等しくなる年齢)は、繰り下げ年数によって異なります。
・70歳0カ月まで繰り下げた場合(増額率42%):損益分岐点は約82歳
・75歳0カ月まで繰り下げた場合(増額率84%):損益分岐点は約87歳
具体的な試算を見てみましょう。老齢基礎年金が月額6.5万円、老齢厚生年金が月額10万円(合計月額16.5万円)の方が、70歳まで繰り下げた場合を想定します。
・65歳から受給開始:月額16.5万円 × 12カ月 × 20年(85歳まで)= 3,960万円
・70歳から受給開始:月額23.4万円(42%増額)× 12カ月 × 15年(85歳まで)= 4,212万円
85歳まで生きた場合、繰り下げ受給を選択したほうが約252万円多く受け取れる計算になります。90歳まで生きた場合はさらに差が広がり、繰り下げ受給のメリットはより顕著になります。
ただし、繰り下げ受給には注意点もあります。年金額が増えると所得税・住民税や社会保険料の負担も増加するため、手取りベースでの検討が重要です。また、加給年金や振替加算は繰り下げによる増額の対象外となる点にも留意が必要です。
ケース2:早期リタイアを想定した場合の最適戦略(繰り上げ検討パターン)

60代前半で収入が大きく減少する場合や、健康上の理由で早めに年金を受け取りたい場合は、繰り上げ受給が選択肢となります。
60代前半の収入が少ない場合の繰り上げの選択
繰り上げ受給を選択すると、1カ月あたり0.4%の減額となり、60歳0カ月で受給開始した場合は24%減額されます。月額16.5万円の年金が月額12.5万円程度になる計算です。
繰り上げ受給が有利になる損益分岐点は約81歳となります。つまり、81歳より前に亡くなった場合は、繰り上げ受給を選択したほうが累計受給額は多くなります。
繰り上げ受給を検討すべきケースとしては、以下のような状況が挙げられます。
・60歳で退職し、65歳まで収入が見込めない
・貯蓄が少なく、生活費を年金で賄う必要がある
・健康状態に不安があり、平均寿命まで生きられない可能性が高い
ただし、繰り上げ受給には以下のデメリットがあることも認識しておく必要があります。
・減額率は生涯変わらないため、長生きすると受給総額で損をする
・繰り上げ請求後は取り消しができない
・65歳になるまで遺族厚生年金との併給ができない
・障害基礎年金の請求ができなくなる場合がある
繰り下げと繰り上げ、どちらが向いているかは一概には言えず、まさにケースバイケースです。例えば、社会保険に加入している勤務先で働き続けるのであれば、あえて繰り上げ受給を選択し、給与と年金を併受しながら、その年金分を新NISAなどで運用して「働きながら将来の資産をさらに増やす」という攻めの戦略も成り立ちます。一方で、働いている間は一切年金に手を付けず、将来の受給額を最大化させるために繰り下げに徹する方法もあります。キャッシュフローと健康状態を天秤にかける視点が不可欠です。
ケース3:働きながら年金を受け取る場合の最適戦略(在職老齢年金との兼ね合い)

65歳以降も厚生年金に加入しながら働く場合、「在職老齢年金制度」によって年金の一部または全部が支給停止となる可能性があります。この制度を理解したうえで、最適な受給戦略を立てることが重要です。
65歳以降も働く場合の注意点
在職老齢年金制度では、老齢厚生年金の「基本月額」と給与・賞与から算出される「総報酬月額相当額」の合計が支給停止調整額を超えると、超過分の2分の1が年金から減額されます。
令和7年度(2025年度)の支給停止調整額は51万円となっています。なお、2026年4月からは62万円に引き上げられる予定で、より多くの方が年金を減額されずに働けるようになります。
計算例を見てみましょう。老齢厚生年金の基本月額が15万円、総報酬月額相当額が40万円の場合(合計55万円):
・支給停止額=(55万円-51万円)× 1/2 = 2万円
・実際に受け取れる老齢厚生年金=15万円-2万円=13万円
在職老齢年金制度の対象は老齢厚生年金のみで、老齢基礎年金は支給停止の対象外です。
また、繰り下げ受給を検討している場合は注意が必要です。在職老齢年金制度により支給停止される部分は、繰り下げによる増額の対象外となります。つまり、働きながら繰り下げを行っても、支給停止相当分は増額されません。
なお、支給停止を恐れて51万円(2026年度からは62万円)ギリギリまで給与を調整しようとする方もいますが、年金のカットを気にするよりも、働き続けて自身のスキルを活かし社会貢献することを優先する考え方もあります。収入が増えれば将来の生活の選択肢も広がり、社会との繋がりが心身の健康にも繋がるためです。
ケース4:夫婦の年金を最大限に活かす戦略

夫婦で年金を受給する場合、それぞれの受給開始年齢を組み合わせることで、世帯全体の年金を最大化できる可能性があります。特に「加給年金」と「振替加算」の仕組みを理解することが重要です。
加給年金・振替加算の最適な受け取り方
加給年金とは、厚生年金に20年以上加入した方が65歳になったとき、生計を維持している65歳未満の配偶者がいる場合に加算される年金です。令和7年度(2025年度)の加給年金額は、配偶者の場合年額41万5,900円(加給年金額23万9,300円+特別加算17万6,600円)となっています。
加給年金は配偶者が65歳になると打ち切られますが、その後は配偶者の老齢基礎年金に振替加算が加算されます。振替加算額は配偶者の生年月日によって異なり、若い世代ほど金額は少なくなります。
ここで重要なのが、老齢厚生年金を繰り下げた場合の加給年金の取り扱いです。老齢厚生年金を繰り下げると、繰り下げ待機期間中は加給年金を受け取ることができません。また、加給年金は繰り下げによる増額の対象外となります。
例えば、夫が老齢厚生年金を70歳まで繰り下げ、妻が60歳の場合を想定します。
・65歳から70歳までの5年間、加給年金を受け取れない
・逸失する加給年金:41万5,900円 × 5年 = 約208万円
繰り下げによる年金増額分と、加給年金の逸失分を比較検討する必要があります。一般的には、老齢基礎年金のみを繰り下げ、老齢厚生年金は65歳から受給することで、加給年金を受け取りながら老齢基礎年金を増額するという選択肢が有効なケースがあります。
年金シミュレーションツールを活用して戦略を「見える化」する

年金受給戦略を具体的に検討するには、シミュレーションツールの活用が効果的です。以下のツールを使って、自身の状況に合った最適解を探ることができます。
ねんきんネットでは、繰り上げ・繰り下げ受給した場合の年金見込額を試算できます。「かんたん試算」機能を使えば、現在の加入条件が60歳まで継続すると仮定した年金見込額が確認できるほか、「詳細な条件で試算」機能では今後の職業や収入の変化を想定した試算も可能です。
また、ねんきん定期便には70歳・75歳まで繰り下げた場合の年金見込額も記載されているため、手元に届いた際には確認しておくことをお勧めします。
シミュレーションを行う際のポイントは以下のとおりです。
・複数のシナリオを比較する:65歳受給開始、70歳繰り下げ、75歳繰り下げなど複数パターンを試算
・損益分岐点を確認する:何歳まで生きれば繰り下げが有利になるかを把握
・税金・社会保険料を考慮する:額面だけでなく手取りベースで比較
・配偶者の年金も含めて世帯全体で検討する:加給年金や遺族年金への影響も考慮
最後に、忘れてはならない視点があります。「年金は受け取って終わりではなく、そこからの資産寿命をどう延ばすかが本当の勝負」だということです。受け取った年金をどう管理し、どう生活の質を維持しながら資産を長持ちさせるか。その出口戦略こそが、ライフプランニングの核心といえます。
まとめ:データに基づいた賢い年金選択で後悔しない人生を
年金受給開始年齢の選択は、生涯にわたる重要な決断です。本記事で解説したポイントを改めて整理します。
・繰り下げ受給:長寿が見込まれる場合に有利。70歳繰り下げの損益分岐点は約82歳、75歳繰り下げは約87歳
・繰り上げ受給:60代前半の収入が少ない場合に検討。損益分岐点は約81歳
・在職老齢年金:2025年度は月51万円、2026年度からは月62万円が支給停止調整額
・加給年金:老齢厚生年金を繰り下げると待機期間中は受け取れない点に注意
・夫婦の場合:老齢基礎年金のみ繰り下げ、老齢厚生年金は65歳から受給という選択肢も有効
最適な年金受給開始年齢に「正解」はありません。平均寿命や健康寿命はあくまで統計値であり、個人の寿命は誰にもわかりません。しかし、自身の健康状態、資産状況、家族構成、働き方の希望などを総合的に考慮し、データに基づいたシミュレーションを行うことで、後悔のない選択に近づくことができます。
年金制度は定期的に改正されるため、最新の情報を確認しながら、必要に応じて専門家への相談も検討してみてください。
本記事は、CFP資格保有者であり、J-FLEC認定アドバイザーの金子賢司が執筆しています。当記事の執筆者「金子賢司」の情報は、CFP検索システムおよびJ-FLECアドバイザー検索システムにてご確認いただけます。北海道エリアを指定して検索いただくとスムーズです。
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